2017年08月23日

いささか疲れました

ブログ書きの1日

 このところ暑さがぶり返してきたようで、ログも大変な暑さです。今日は朝からクーラーを入れています。外は暑くて出る気がしないと言ったところですが、今日もテニスに行ってきました。常時参加しているメンバーは4人ですので、よほどのことが無い限り休むわけにはいきません。でも、いささか暑いので練習前にお互いに無理をしないようにと話し合いました。とにかく暑いので日頃の半分程度しか身体を動かさず、専らおしゃべりに時間を費やしました。
 余り頑張っていないのにテニスから帰ると全身汗びっしょりです。すぐにシャワーに掛かって身体を冷やしました。ホッと一息つくと、睡魔が襲ってきます、一晩寝ただけでは睡眠不足は解消されていないのでしょうか、今日はブログを書く以外は特段やることも有りませんので、クーラーの効いた部屋で早速昼寝をしました。昼寝から目が醒めると、ブログ書きを始めました。今回は抜けたブログが2日間でしたのでそれほど時間はかかりませんでしたが、又、モグジー自身が阿波踊りに出演していた為、記録に残せるような写真等が余り残せませんでしたので残念です。



思い出深い模型

 今回山口に帰ったとき、解体業者のFさん宅を訪れ、預かって貰っていた船の模型を持ち帰りました。この船の模型は、モグジーが大学生の時、兄の結婚祝いとして作ったものです。全長360b余りの客船を設計し、400分の1の模型を作りましたので、模型でも全長90a余り有ります。鉄板の代わりに紙を使って作りましたが、細部まで丁寧に作りましたので長時間を要しました。結婚式では新婦に斧で進水式のロープをカットして貰うと船首のくすだまが割れ船が海に浮かぶ様子を簡単な装置で再現させました。兄が6月生まれですので船名はJUNE BRAIDE (6月の花嫁)としました。結婚後しばらくは兄の家に飾られていましたが、その後実家の倉庫に入ったママ50年が過ぎ、モグジーは廃棄処分にしても構わないと言ったのですが、兄から修理をしてでも飾りたいので解体業者の方に預かって貰っているので受け取って欲しいと言われ今回受け取ってログに持って帰ったものです
 改めて、今日その模型を確認したところ、良くここまで細かく作ったものだとあきれるぐらい細かな細工がしてありましたが、50年の歳月ですっかり傷んでしまっているので、これを修理するのはとても大変と思います。

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 客船模型の全体像です、模型で全長90a余り有ります


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 船首部の部分を写した写真です、手摺の細工が結構大変でした


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 船尾の部分です、プールを2ヶ所作りました


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 救命艇も一隻ずつ紙で作っています
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posted by モグじー at 22:46| 徳島 ☁| Comment(0) | ログ暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月22日

何とか大役を果たせました

とても良い方でした

 地積測量図が無かったため、隣地の所有者の方Fさんにお会いして話を聞かせて戴かなくてはなりません。Fさんは隣地ではなく防府市の駅前に住んでおられますのでホテルで朝食を済ませると、全員で防府市に向かいました。モグジーが隣地の方とお会いしている間、妻たちは山口市立図書館に行きたかったそうですが生憎今日は休館日とのことで、駅前に在る商業施設で時間をつぶすことになったのです。モグジーの両親が家を建てたのは昭和41年(モグジーが21才)ですのでモグジーは時々は帰省して実家で暮らしましたがFさんとは殆どお会いしたことがありません、それだけにかなり緊張してFさん宅を訪問しました。訪問の目的を伝えると気持ち良く受け入れていただき、当時のいきさつを丁寧にお話して戴けました。Fさんのお話によると土地を購入した時、境界にある水路は半分ずつ持つことにしようと話し合ったとのことです。その後、昭和54年に国土調査が有り、土木局の方が測量に来たとき、Fさんとモグジーの姉が水路の両側に立って測量時の位置確認をしたとのことです。モグジーの両親は早く亡くなり、姉も施設に入っている状態ですので何も覚えておりませんので、Fさんだけが頼りでしたが、Fさんから当時のいきさつを聞かせて戴き本当に助かりました。これで、今回の大仕事である境界線の確認を無事に済ませることができ、とても嬉しくなりました。



いよいよ阿波踊りを!

 Fさんとお別れした後、モグジーは商業施設に行って妻たちを拾ったあと、再び山口市のグループホーム「おいでませ」に向かいました。今日は上の孫Nちゃんが満9歳になる誕生日です。そこで、途中に在るカフェで誕生パーティーをすることにしました。ホテルでの朝食はバイキングでしたので、いつもの様に皆お腹がはち切れそうな位食べたのですが、いざカフェに入るといつもの様に料理やデザートを食べていました。
 カフェから「おいでませ」まではすぐですので午後1時過ぎには「おいでませ」に到着しました。早速姉の部屋に入って阿波踊りの衣装に着替えました。孫たちが鳴西連に入っていますので孫と次女の衣装は鳴西連の物をお借りし、モグジー夫婦は今回阿波踊りを教えて戴いた友人のLBさんから所属しておられた連の衣装と鉦と小太鼓をお借りしました。衣装の着替えは簡単に済ませることができましたが問題は演技です。気持ちを落ち着かせようとするのですが、緊張は高まるばかりです。度胸を決めて全員で入所者の方々が待って下さっているホールに向かいました。私たちがホールに入ると拍手が起こりました、阿波踊りの衣装が気に入っていただけたようです。モグジーが一言挨拶をした後、早速、阿波踊りを始めました。
 モグジーが鉦を叩き始め次女の笛が響き孫たちの踊りが始まりました、孫たちの姿が可愛いのか、「かわいいね」と言う声も聞こえてきます、途中モグジーの鉦が狂うことも有りましたが、笛の音も途切れることなく流れ、孫たちの掛け声も響いて大きな失敗もなく何とか阿波踊りを演じることができました。踊りが終わると孫が「阿波踊り」に付いて簡単な説明をし、お年寄りの方々と一緒に踊ることにしました。勿論、皆さん歩けませんので手を上に上げて動かしてもらうだけですが、短時間ですが一緒に踊って戴けました。何とか予定していた内容の殆んどを終えて、阿波踊りを終えることができホッとしました。
 その後はいつもの様に、二人の孫が歌を歌ったり、ダンスを踊って、お年寄りの方々から喜んで貰えました。いつもは孫たちの歌や踊りで喜んで貰っていたのですが、前回は余りに好評でしたので帰りの車の中で8月のお見舞いの時は阿波踊りが踊れたら良いねと言う話からLbさんのご協力で今回の阿波踊りが実現しました。無事に終わってほっとしたというのが心境ですが、実際にやってみて阿波踊りが実は難しいのが良く分かりました、特に笛が大変だったようです。いつもは手抜きが多い次女も今回ばかりは時間が有れば笛の練習をしていましたので。でもいざとなると緊張で音も出ないのが笛ですので怖さが伝わってきました。でも、きっと皆さんに喜んで戴けたと思います、次女と孫たちに感謝です。阿波踊りを終えた後は、いつものように歌好きの姉と一緒に色々と懐かしい歌を歌って過ごしましたが、最近は歌を歌っても姉の口が動かなくなり淋しくなりました


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 ホールで気持ち良さそうに踊っている二人の孫です




無事にログに帰り着きました

 「おいでませ」での楽しい一時を終えた後、山口駅前でお土産を買い、一路ログを目指して車を走らせました。途中、宮島S.A.でお土産を買い、今回も沼田P.A.で好物の広島風お好み焼きを食べ、さらに八幡P.A.でトイレ休憩を取りましたが、後は休むことなくログをめざし午後9時に無事に帰り着くことができました。今回の旅も1泊2日の間に色々なことをしましたのでとびっきり慌ただしい旅となってしまいました、でも多くの目的を果たすことができ、モグジーとしては大満足です。
posted by モグじー at 20:59| 徳島 ☁| Comment(1) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月21日

「おいでませ」訪問

4時間で到着

 今日は姉のお見舞いで鳴門から山口に向けて走ります。山口で色々な用事が有りますので鳴門を朝の5時に出発し、平均速度110`程度で飛ばして午前9時過ぎに無事、防府市に在るモグジーの実家跡に到着しました。最初の仕事は実家が有った敷地の測量です。実家には大きな石庭が有りましたが、それが障害だったのか跡地がなかなか売れなかったため、今年の6月に石庭を全て解体し更地にして貰いました。しかし、2ヵ月間で雑草がまたたく間に繁殖して腰の高さ近くまで地面を覆っていました。跡地の境界線を確認する為、跡地の辺の長さを測らなければならないのですが、雑草が邪魔になってかなり苦労をしました。30分程度かかって測量と敷地外に伸びた雑草を抜くなどの作業を終えました。

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 更地に2ヶ月後には雑草が生い茂っていました、雑草は高いところでは人の背丈までありました



山口法務局へ

 測量を終えると、山口市にある姉が入所しているグループホーム「おいでませ」に向かいました。「おいでませ」でお土産の食パンやジャムを渡し、姉に会った後、山口市立図書館で妻や次女家族を降ろし、モグジー一人で山口法務局へ向かいました。両親が住んでいた実家跡地を売るにあたって敷地境界線が不明な部分が有りそれを調べることが今回の大きな仕事の一つです。隣地との境界に幅40a余りの水路が有りますが、現地に境界を示す杭が無いため境界線が分からないのです。法務局で地積測量図をとって敷地の寸法を知りたかったのですが、残念ながら該当地の地積測量図は無いとのことでとることができませんでした。ただ地積図を請求して調べた結果、地図上では水路は無いとのことで、水路の部分は敷地に含まれ、境界線がどこに在るかは、隣地の方に聞いてみてくださいとのことでした。

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幅40a余りの水路の両側にブロック塀が築かれていますが、附近に境界線を示すような杭は何処にも見当たりませんでした


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 姉はモグジーのことをどう認識しているのか分かりませんが、時々笑顔を返してくれます



宇部市へ

 法務局での用事は30分余りで終わり再び市立図書館に行って妻や次女家族を車に乗せましたが、市立図書館は新しくて施設も綺麗で蔵書も豊富とのことで本を楽しく読んでいたそうで、予想より早く迎えに言ったためブーイングが出ていました。図書館を出るとリハビリ病院に入院中の義兄(姉の夫)のお見舞いに行き、しばらく話をした後、宇部市にある親戚の叔母さんの家に向かいました。宇部市はモグジーが小学校入学前から高校1年まで過ごした街でとても懐かしく、山口県に帰ると良く訪れています。叔母さんは90歳を超えておられますが今も昔からの家で一人で住んでおられ、その元気さにはいつも驚かされます。ログにも何度か遊びに来ていただきましたが、何時まで経っても付き合いは絶えません。色々と懐かしい話をした後、山口市湯田温泉に在るホテルに向かいました。



夜はいつもの様に「大富豪」を!

 ホテルには4時過ぎに到着し、早速部屋に落ち着きましたが、モグジー以外はお風呂に行き、モグジーは寝不足が続いていましたので仮眠をとりました。夕食後はいつもの様にトランプゲーム「大富豪」をしました。孫たちがログに帰ってくると夕食後は時々大富豪をして遊んでいましたが、今回の帰省では色々と行事などが重なって「大富豪」を一度もしていません。ホテルで宿泊するときは用事も有りませんので、孫と自由に遊ぶことができます。5人で「大富豪」をやりましたが、モグジーはいつやっても一番ビリで「大貧民」ばかりをやらされます。トランプがヘタな上に運が悪くて配られる札が最悪のため「大貧民」からなかなか抜け出せません。でも、人生ではそれほど運は悪くありませんので、トランプでは甘んじて不運を受け入れることにしています、お蔭様で孫がゲームに負けて泣くことはありませんでした。

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 ホテルに泊まるといつも布団の上にトランプを並べて「大富豪」を楽しんでいます。今回も圧倒的に強かったのは妻でした、これは現実とぴたり重なります
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posted by モグじー at 19:30| 徳島 ☁| Comment(0) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

何とか今回もクリアー

それでも醗酵が進み過ぎ!

 昨日の生地作りでは、小麦粉を冷蔵庫で冷やして使ったりしたので捏ね上げ温度は22度とレシピに書かれた温度に近かったのですが、夜9時頃冷蔵庫内の生地を見ると殆どの生地がかなりのスピードで発酵が進んでいます。春に作った頃の醗酵の状態とは明らかに違っており、醗酵のスピードを落とさなければなりません。これまでは冷凍庫に入れてスピードダウンさせていましたが、生地に冷凍で固まった部分と、固まっていない部分が出来て余り好ましいとは思えませんので、取り敢えず、容器一杯に膨らんだ生地は一度容器から取り出して空気を抜いて容積を減らしてから再度冷蔵庫に入れました。この方法であれば、2時間おきにぐらいに空気を抜かなければなりません。そこで、11時に膨らみ過ぎた生地の空気を抜き、目覚ましを午前1時に合せてから仮眠をとりました。1時に起きると11時に空気抜きをした生地はまだ容器一杯に膨らんでいませんでしたが、他の生地が一杯になっていた為空気を抜きました。この方法であれば2時間おきに起きなければなりません。又3時に起きるよりはそのまま起きていた方が気分的に楽ですので、結局、1時からずっと起きていて、冷蔵庫を除いては容器に一杯になった生地の空気を抜く作業をし、3時からは石窯に薪を焚き始めました。5時から生地の分割や成形等の作業を始め1窯目のバゲットを焼き始めたのは朝の6時でした。
 冷凍をしていませんので、醗酵のスピードが極端に低下する生地が無かったため、今回は生地を作った順番に生地の成形をし窯に入れることができました。これまでのパン焼きで、時間がかかるのは食パンの醗酵です。この事がしっかり頭に入っていない為、バゲットを焼くのに気を取られ、いつも、食パンの作業開始が遅れて、最終醗酵が遅れ、バゲットを焼いた後、1時間以上窯を空けることが有ります。そこで、今日は早い目に食パンの成形作業を始めた所、殆ど窯を空けることなくパンを焼くことができました。その結果3時に窯に火を入れる作業を始めて12時までに全ての作業を終えることができました。こうすれば作業時間も短いし、使用する薪の量も減らすことができます。



今日も孫が大活躍

 パン焼き2日目も孫が頑張って手伝ってくれました。特に食パンは成形も簡単ですので、醗酵の終わった生地を容器から取り出し、決められた数に生地を分割し、丸め、ベンチタイムを取り、ベンチタイムが終わると、成形して食パン缶に入れるまでの作業を、しっかりとやってくれました。モグジーの今日の仕事は孫が作ってくれた生地を焼くだけでした。この夏に2回ほどパンを焼きましたが孫に手伝って貰えたので本当に楽でした。夏のパン焼きが最も大変なだけに孫に手伝って貰えるのは本当に助かります

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 下の孫は容器から生地を取り出しています。上の孫はリュスティックの成形作業(生地を平らに伸ばしカードでカットするだけ)をしています


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 下の孫は容器から生地が取り出したところです、これから秤を使って分割します。上の孫はカットしたリュスティックのカット面に小麦粉をまぶしています


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 今日1日で焼き上げたパンです。食パンが21本、バゲットが14本、リュスティックが18個です


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 バゲットだけは朝が早かったので、モグジーが成形をしました。醗酵の進み過ぎは有りましたが殆ど普段と変わりなく焼けています


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 リュスティックは1窯分の生地を2分割し、ピール&クランベリー入りの物を9個成形して1回分の窯で焼きました


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 残り半分の生地クルミ&レーズンを入れて1窯で焼きました。2種類が同じような格好ですので妻が見分けられないと言いますので、ピール&クランベリーの方にか小麦粉をまぶさず更にクープも入れませんでした
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posted by モグじー at 21:13| 徳島 ☁| Comment(0) | パン・ピザ焼き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月19日

パンの生地作り


今回も孫の手が借りられます

 21日に山口に姉の見舞いに行きますが、お土産に持って行くパンを焼くために今日は朝から生地作りをしました。グループホームに持って行くパンは食パンが好評でしたので、お土産用の食パンと、26日につくばに帰る次女家族が食パンを好んで食べるとのことですので、今回は思い切って食パンを7窯焼き、残りの3窯はバゲットを2窯とリュスティックを1窯焼くことにしました。
 今回のパン焼きも孫が全面的に手伝ってくれるとのことで、大部分の作業を孫に任せて、モグジーは専ら指導に専念しました。孫が本格的にパン作りをし始めてから今回が3回目ですので、かなり、要領が分かってきたのかドンドン作業を進めてくれます。計量などは若いので計り間違えがほとんどないためモグジーがするよりも正確かもしれません。最初のバゲットとリュスティックの生地作りは結構面倒ですが、食パンは簡単ですので今日で殆ど覚えてくれました。食パンの方は成形も簡単ですのでそのうちに一人でも生地作りが出来るようになるかもしれません。
 前回は生地作りに使う小麦粉を冷蔵庫で冷やしておいたにも拘わらず、実際に生地作りをするときには冷やしておいた小麦粉のことを忘れて、常温の小麦粉を使い、醗酵が進み過ぎてしまいました。そこで、今回は同じ間違いをしない様、十分に注意をしましたので、冷蔵庫で冷やした小麦粉を使いました。その結果、捏ね上げた生地の温度が前回より4度近く下がったため、醗酵のスピードが速すぎる感じにはなりませんでした
 孫の手伝いも有って生地作りは午後6時半に終了しました、後は予定通りに醗酵が進むことを祈るのみです、明日は4時起きでパン焼きをする予定です。

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 真剣なまなざしで計量をしている下の孫のNちゃんです、計量作業を殆どやってくれました


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 モグジーが使っている餅つき機は30年以上前の製品ですので、容器に直接小麦粉と水を入れると隙間から水が漏れます。そこである程度粉と水をなじませてから餅つき機に入れます。粉と水を軽く捏ねているMちゃんです


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 途中で上の孫のNちゃんも手伝いに来てくれました、小学6年生なのにすっかり大人の雰囲気です


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 今日、生地作り作業で作った生地です、実際には11窯となりました
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posted by モグじー at 21:35| 徳島 ☁| Comment(0) | パン・ピザ焼き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

1年無事に過ごせました

72回目の誕生日です

 今日8月18日はモグジーの72回目の誕生日です。72年前に満州で生まれましたが、モグジーが物心ついたころから、母親から「母乳が出なくて栄養失調になったあんたをこのまま連れて帰ったら途中で死んでしまうので、中国の人に貰って貰おうかと何度思ったことか、でも、連れて帰って良かった」と引き揚げ時の苦労を何度となく聞かされました。その頃は又引き揚げの話かと聞き流してしまったモグジー…両親を失って30年が過ぎ去りいつの間にか両親の歳を越えてしまいました。今頃になって両親のことを知りたいと思いますが両親の兄弟も皆亡くなっていて聞かせて貰える人は誰も残っていません
 日本に帰る引き揚げ船の中では亡くなった人は暗い海に投げ込まれたそうです。母親は、ひどい栄養失調で死にかけていたモグジーが死んで、何時、海に投げ込まれるのか気が気ではなかったそうです。幸いにも親切な船員さんが鰹節を分けて下さり、その煮汁をミルク代わりに飲ませてやっと生きて連れて帰ることできたということです。生きて連れて帰って貰えたのが奇跡と思えるモグジーの幼いころの成育歴ですが、母親にとってはモグジーのことが特に心配だったのでしょうか、何かあると「幼い頃あんたに苦労をさせたのでそんなことを思うのかね」と口癖のように言っていました。本来なら大学に入り立派な企業に就職するモグジーの姿を夢見ていた母親は、モグジーが大学卒業後、親の期待を裏切るような進路を選択した時も、決して反対はしませんでした。モグジーがまともな式もせず学生結婚をした時、母親は「ひたぶるに生きよと教えし母も又 何にたとえん 今日の喜び」と言う歌を贈ってくれました。誕生日が来るといつもモグジーの生誕前後のこと、そして母親のことを思い出します。こうして大きな病気もせず、両親の歳を越えて元気で生きているモグジー、きっと両親が守ってくれているのだと思えてなりません。いつ途絶えてもおかしくなかったモグジーの命、少しでも両親の思いにこたえなければと思います。
posted by モグじー at 22:01| 徳島 ☀| Comment(4) | ログ暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月17日

ログ生活も後10日!

宿題が出来ていない!

 7月25日にログに帰って来た次女一家は8月26日につくばみらいの自宅に帰って行きます。残されたログでの生活は後10日しか有りません。最近は色々と行事が有って夏休みの宿題が殆ど進んでいません。そこで、今日1日は勉強をする日と決め朝から孫と一緒に頑張りました、上の孫はポスターを今日中に仕上げ、下の孫は発明工夫工作の「牛乳パック迷路」を完成させることにしました。絵の苦手なモグジーはポスターに関しては何の手伝いも出来ませんが、工作は大得意ですので孫と一緒に1日中工作に頑張りました。その結果、孫たちは夜遅くまで掛かって何とか目標をクリアーすることができました。

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 先ずは牛乳パックの中に取り付ける仕掛け作りをしました。硬質発泡スチロールに彫刻刀で穴をあけて仕切り板を作っています


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 こんな感じで仕掛けが工夫された仕切り板が作られていきます。6本の牛乳パックに20枚近くの仕切り板が必要ですので結構時間がかかりました。


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 仕切り板作りの最後に、迷路で遊ぶ人にヒントを与えるための仕切り板の見本を一揃い作りました


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 牛乳パックの中に先ほど作った仕切り板をガムテープで固定しました、1本のパックに平均3枚の仕切り板を固定しました、左から右に行くに従って難度が上っています


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 更に迷路の難度が上った3本の牛乳パックです。ゲームをする時は牛乳パックの中の様子を数秒間見て貰ってからパックの扉を閉じゲームに挑戦して貰います


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 予定通り6本の牛乳パック迷路が完成しました、


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 牛乳パック迷路が完成し嬉しそうな孫です
posted by モグじー at 23:22| 徳島 ☀| Comment(0) | ログ暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ほんの少し光が見えて来ました

後は鉦だけですね!

 昨日、Yさん宅での阿波踊り披露で立ち往生し、お先真っ暗となってしまい22日のグループホームでの阿波踊りの披露は無理かなと思っていたところ、今日の夜、LBさん夫妻がログに来てくださり、阿波踊りの指導をしてくださいました。先ず、モグジー達が披露する踊りの内容を決めて戴きました。そして、決めて戴いた内容に沿って練習を見ていただきました。練習の結果、チェックされたのは鉦のことが主でした。モグジー自身が気になっているのですが、どうしても、途中で鉦の調子が狂ってしまうのです。阿波踊りの指揮者は鉦です、その鉦が狂ったら皆に迷惑を掛けてしまいます。残された時間を使って練習を重ねる積りですが、下手な鉦でも孫の踊りや娘の笛や妻の太鼓がモグジーを支えてくれるという安心感が有りますので、パニックにならず楽しくすることをモットーに頑張る積りです
 これまでは、どの様に練習を重ねて行けば良いのか分かりませんでしたが、今日、披露する内容が決まりましたので、これからは毎晩の練習も今まで以上に熱が込められそうです。今日の最後の練習の後、LBさんから講評をしていただきましたが、踊り子さんは満点、笛と太鼓は80点そしてモグジーの鉦は60点とのことでした。モグジーの点数は合格点に遠く及びませんでしたので、自己採点はせいぜい10点程度かなと思います。何とかもう少し点を上げたいものです。次は衣装を着てのリハーサルを見て戴くことになりました、ここまで心のこもったご指導を受けることができ本当に幸せです。最後に「鉦を叩く前から緊張しているので、演奏が進むに従ってますます緊張してしまい、テンポまで狂ってしまう。最初は小さな音で初めて見ては」との助言をしていただきましたが、正に指摘された通りです。気持ちを静かにして始めてみようかなと思うモグジーです。
posted by モグじー at 22:45| 徳島 ☀| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月16日

大阪のYさんを訪ねて

今回はYさん宅だけに

 モグジーは年に数回、ログで収穫した果物や鳴門の海で釣った魚などを持って大阪の知人宅数軒を訪問しています。特に夏休みの場合はログに帰省中の次女一家も連れて大阪に行きますが、この夏は孫たちの阿波踊りが昨日終わりましたので今日大阪に行ってきました今回は大阪の「IKEA」で買い物もするため訪問するのは大阪市内のYさん宅だけにしました。
 ログでは先日からイチジクとデラウエアの収穫が始まっていますので、昨日収穫したイチジクとデラウエアをお土産に持って行きました。今回は徳島市に住んでいる長女と孫のHちゃんも一緒に行くとのことで、モグジーと長女と次女そして孫3人の6人で行きました。26日で満1歳になるHちゃんにとっては初めての県外旅行ですので、ちょっぴり心配しましたが、二人の孫が一緒でしたので、道中とても機嫌がよくホッとしました。
 朝8時にログを出発し、途中渋滞もなく、10時過ぎに西成区のYさん宅に到着しました。YさんにはHちゃんが産まれた直後にログに会いに来て戴いています、会うのはそれ以来ですので、人見知りをして泣くのではないかと心配しましたが、泣くこともなく普段と同じようにふるまっているHちゃんを見てホッとしました。Hちゃんの仕草一つ一つが話題となりHちゃんのお陰で大いに盛り上がりました。
 Yさん達多くのハンセン病患者さんは国の政策により子供を産むことが許されませんでした。それだけにYさん達にとっては赤ちゃんに対する思いは非常に複雑なものがあると思います。腰を患ってやっと今日からコルセットが取れたというYさんに重いHちゃんを抱いていただくのは、腰にこたえるのではないかと言う心配もありましたが、Hちゃんを膝の上に載せて戴けたことで、少しは赤ちゃんの感触を感じていただけたのではないかと思うと、モグジーは素直に嬉しく思いました。
 Yさんが準備して下さったお昼ご飯をご馳走になった後、モグジー一家で取り組んでいる阿波踊りを披露しました。まだまだ人様に見せられるようなレベルには程遠いのですが、取り敢えず雰囲気だけでも見て戴こうと思い厚かましくも披露させて貰いました。でも、正直に言って全くひどい出来で、特に鳴り物がきちんと出来ていない為、22日に向けて猛練習が必要と大いに反省させられました。それに比べると二人の孫のダンスと踊りは繰り返し練習しているためそれなりの存在感があると思いました。
 その後はお決まりのトランプをして午後3時過ぎにYさん宅を出発し、買い物のため「IKEA」に寄りましたが、盆明けとはいえ店内は結構混雑していて、田舎暮らしのモグジーにとってはとても疲れる買い物でした。モグジーは特に釣り船で使う丈夫なパラソルが欲しくて「IKEA」に寄ったのですが残念ながら希望に叶うような商品は有りませんでした。折角きたのだから、細々とした雑貨を買い、50円のソフトクリームを食べ、途中で夕食を済ませて、ログに帰って来たのは夜の8時過ぎでした。今日は丸半日外出したことになりますが、Hちゃんも含め全員が無事元気でログに帰ることができホッとしました

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 小さなテーブルを囲んで、色々な話をしましたが、話題の中心はHちゃんでした


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 Yさんの前で楽しそうにダンスをする二人の孫です、このチームにHちゃんが加わるのはいつの日のことでしょうか
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2017年08月15日

今日でお盆も終わり

地区の納涼祭へ

 今日は夜6時からウチノ海総合公園で鳴門西地区の納涼祭が開かれました。納涼祭は阿波踊り「鳴西連」の踊りが中心となるため、モグジーも孫の踊りを見るため参加しました。いつもは公園の波打ち際に在るプロムナードデッキで行われ、横に階段状の石積みのスタンドがあるため非常に見やすかったのですが、今年は雨の予報が出ており、しかも午後3時ごろ雨が降ったため、急遽会場が変更となり屋根のある狭い催し広場で行われました。
 上の孫のNちゃんは来年は中学生になるため「鳴西連」で踊るのは今年が最後です。そして、今年の阿波踊りは今日の納涼祭での踊りが最後ですので、実質的に今日でNちゃんの阿波踊りは終わりました。踊る姿を少しでもカメラに納めようと頑張ってシャッターを押しましたが、建物の柱が有ったり、同じ高さの目線からしか写真が撮れない為、余り良い写真は撮れませんでした。
 納涼祭では「鳴西連」は最初と最後に踊って祭りを盛り上げましたが、納涼祭に参加する住民は納涼祭に出演する阿波踊りやフラダンスなどの関係者が殆どで一般住民の参加はほとんどなく、その面では淋しい感じのお祭りでした。
 昔、この島が塩田で栄えていた頃はきっと村ぐるみの盆踊りが行われていてとても賑やかだったと思います。今は新しくこの島に住み始めた住民が島の人口の大半を占め、昔からの伝統は失われつつあります。この現象は今の日本ではどこにでも見られることと思いますが、この地区では少しでも「住みよい地域を作る試み」が色々と行われており、モグジーも地域のことに少しでも関心を持たなければと思っています。
 納涼祭の最後に全員参加の福引が有り、賞品として、袋菓子やカップめんや地元産の梨が数個入った袋や鳴門金時が数本入った袋や卵などが有りました。モグジーは袋菓子だけは当たらないようにと思っていたら、ドンピシャで袋菓子が当ってしまいました。欲を持つと駄目ですね…

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 今年は雨の心配があるため屋根がある催し会場で納涼祭が行われました、出演者と同じ平面のため演技を見るのがやや難しく盛り上がりに欠けました


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 天気が良ければ、この様に海を背景にした舞台で行われる演技をスタンドから見ることができるのですが


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 最後の阿波踊りを踊る、上の孫のNちゃんです。「鳴西連」は小学6年生までしか踊れませんので、今年6年生のNちゃんは「鳴西連」を今日で卒業です、本当に良く頑張りましたね


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 嬉しそうな表情で踊る下の孫のMちゃんです。小学3年生ですので、まだ3年間踊ることができます


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 納涼祭のフィナーレは「鳴西連」の総踊りでした、これで今年の阿波踊りも終了しました、上の孫のNちゃん本当にご苦労様
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posted by モグじー at 22:24| 徳島 ☁| Comment(0) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

60才からの挑戦

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