2017年08月14日

あっと言う間の4日間

涙の別れ

 次男一家がログに来てあっという間に4日が終わってしまい、今日はお別れの日です。今日の予定は朝早く公園で遊び、朝食後お土産の買い物をし、昼食を外で済ませて、午後2時ごろ横浜に向けてログを出発することになっています。
 子供たちは朝6時に起きて近くに在るウチノ海総合公園で遊びました。この公園はシーサイドに設置された県立の公園で広々とした敷地に色々な遊具やスポーツ施設等が有り、しかも入園料が無料ですので、人気が有り小学校の遠足などにも利用されています。早朝は遊んでいる人も少ないので孫たちは広い公園を一人占め出来、思う存分遊べたようです。
 孫たちが公園で遊んでいる間、モグジーは昨日孫たちが釣った魚を使って刺身を作りました。小さなキスやベラを刺身にするのに骨抜きで苦労しました。朝食後、子供たちは、いつものようにログの階段でトラップアスレチック作りを始めました。ログハウスは子供たちにとっては格好の遊び空間です。吹き抜けやロフトや階段は特にお気に入りで、毎年、階段にトラップアスレチックを作って自分たちで遊び、最後は大人たちが挑戦することになります。最初の頃は傷がついた床板や柱が気になっていましたが、今では孫たちが残してくれた記念品として傷はそのまま残しています
 お昼は忙しいので街に出て中華料理をお腹一杯食べ、ログに帰って荷物の詰め込みをし、午後2時40分にログを出発しました。短期間でしたが孫たちは一緒に遊んで楽しかったのか送る側も送られる側も涙を流し、それを見てモグジー達大人も思わず目を潤ませてしまいました。上りの高速はすでに渋滞が始まっていてノロノロ運転が続き横浜に着いたのは翌日の午前2時半でした。結局、行きも帰りも12時間余りかかってしまいましたが、無事に帰れて何よりです。こうして今年の夏の大きな行事も終わってしまいました。又、来年の夏を元気に待つことにします。


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 ログのある高島は元々塩田で栄えた島です。塩田を埋め立てて出来た広大な敷地に、住宅や公園や大学が作られ、緑豊かな環境となっています。


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 公園の遊具もスケールが大きく、滑り台も幅数b高低差10bの巨大なものです。日中は沢山の子供であふれていますが、早朝なので独占して蟻地獄遊びをしています


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 公園の中央に在るグランドは海の砂で出来ているため、小さな貝殻が沢山有り、孫たちは貝殻拾いを楽しんでいます


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 朝食に並んだ魚貝類です、透明の刺身が昨日釣ったキスと青ベラの刺身です、他にツバスの刺身とアジの酢漬け、水路で捕った石ガニが並んでいます。


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 孫たちが階段に作ったトラップアスレチックです、紐に触れないように進めと注意されますがとても無理です


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 途中にクイズコーナーが有って、正解すると上からお菓子が降りてきます


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 踊り場から上にもトラップ仕掛けられ、無事にフラフープをくぐり抜けると無事ゴールとなります。ロープに触れない様無理して身体をねじると筋肉がツルので、堂々とロープに触れて進みましたが、それでも孫たちの倍近く時間がかかりました。
posted by モグじー at 09:59| 徳島 🌁| Comment(0) | ゲスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月13日

6人の合同誕生会

「鯛が釣れた!」

 今年はモグジー自身が殆ど釣りに出かけていないため、この時期にどこで何が釣れるのか全く把握できていません、又、釣果情報もあまり良くありませんので、この夏の帰省では釣りを予定していませんでした。しかし、3人の孫から釣りへの強い希望が出ましたので、取り敢えず釣りに行くことにしました。勿論、この暑い昼間に孫を釣りに連れて行くことは無謀ですので、早朝6時から2時間程、波の無いウチノ海でキス釣りをすることに決めました。孫たちは興奮しているのか5時半には起きて来ましたので、5時40分に孫3人と次男とモグジーの5人で出港しました。
 先ずは、例年、キスを良く釣っているポイントに行き、仕掛けを投入しましたが全く当たりが有りません。10分程度そのポイントで頑張りましたが、釣れそうにありませんので次のポイントに移りました。すると、しばらくして次男の次女のKちゃんに当たりが有って、見事小さなキスを釣り上げました。1匹でも釣れたら大満足です、続いて次男がハゼを2匹釣り上げ、喜んでいると次女の次女であるMちゃんが糸を巻いています。何と非常に小さな鯛を釣り上げました。鯛が釣れMちゃんは大喜びです。小さな小さな鯛をMちゃんはママに見せると言ってクーラーボックスに入れました。それから流れが変わったのか、キスが次々と釣れて大小合わせて20匹あまりが釣れました。全員がキスを釣りましたので孫もモグジーも大満足です。帰りにサビキで豆アジを狙いましたが、豆アジもそれなりに釣れ、大満足のうちに早朝の釣りを終えることができました。丸坊主を覚悟していたモグジーもビックリでした。釣った魚は全て調理をし横浜に持って帰って貰うことにしました。

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 小さな小さな鯛を大きく見せる写真を撮ってやると孫は大喜びでした


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 今日の釣果です、鯛1匹、キス21匹、青ベラ1匹、ハゼ4匹、豆アジ49匹でした。これだけ釣れれば孫たちも満足そうでした。


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 孫のK君はモグジーが調理した魚をきれいに洗ってくれました、本当に良く手伝って貰いました



モグジーの家族は8月生まれが多数です

 モグジーは8月に生れましたが4人の子供の内2人が8月生まれで更に9人の孫の内4人が8月生まれですので、家族19人の内何と7人が8月生まれとなっています。勿論偶然が重なってのことと思いますが、いささかびっくりしています。夏は夏休みで子供や孫がログに帰って来ますので、毎年ログで合同の誕生会をやっています。今年は長男一家が受験生を抱えているため帰省が出来ませんでしたが、それでも6人が今日ログに集まっていますので、簡単な誕生会をしました。例年であれば大きなバースデーケーキを作るのですが、今年はその暇が有りませんでしたので、人数分のショートケーキを買ってお祝いをしました。モグジーは8月18日生まれですので、本当に8には縁があると思います

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 6個のショートケーキにはローソクを灯してちょっぴり雰囲気を出してみました


ビンゴに大興奮

 簡単な合同誕生会を終えた後、かくし芸大会をしました。今回は各家庭にノルマを課していなかったため個人の希望でかくし芸をしてもらいましたが、日頃見ることが少ない孫たちの隠された面を見せて貰うのはとても嬉しいことです。モグジー夫婦と次女一家の5人で初めて、阿波踊り「八月連」の踊りを披露しましたが、まだ、全体的な流れも決まっていない為、雰囲気だけを味わって貰いました。でも、いざ、やってみると家族の前でも緊張します。
 かくし芸の後はビンゴ大会です。ビンゴ大会は今回が3回目ですが、赤ちゃんまで参加できますので孫たちはとても喜んでくれます。特に、今回の賞品は若いママ3人が買いに行ってくれましたので、子供が喜びそうなものばかりで、ビンゴが始まる前から孫たちは興奮していました。次男が抽選機を回して数字を発表するたびに歓声やため息が漏れます。自分が狙っているお菓子を誰かに先に取られないか、必死で数字を追いますが、何とか涙を見ることなくビンゴ大会を終えることができました


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 テーブルの上には日頃は買えないような大型の駄菓子セットが並び子供は勿論大人も必死でした



恒例のピザパーティー

 無事にビンゴ大会が終わると、最後のピザパーティーの準備に取り掛かりました。妻が作っておいた生地を各々が鉄板の上で伸ばし、ピザソースを広げた上に、トマトやバジルやサラミや野菜などを並べ最後にチーズを振り掛けます。この作業で最も難しいのは生地を広げることです。いくら手で叩いても生地が広がらず悪戦苦闘するのですが、イタリア料理店でバイトをしている次男のお嫁さんの指導で今年はドンドン生地が広がります。いつもの調子で石窯に薪を焚いて窯を暖めていたモグジーも、予想外のトッピングの仕上がりに慌てて火力を強めましたが、最初は温度不足でピザを焼くのに時間がかかり、焼け具合はもう一つでした。後半になってやっと石窯の中の温度が高くなり、美味しそうな焼き色が付いたピザが次々と焼けるようになりました。今回はトッピングが早めに終了しましたので、焼き立てのピザを次々と熱いうちに食べることができ大満足の様でした。小学生の孫たちは、トッピングの終わったピザを石窯まで持って来てくれたり、焼けたピザをリビングに運んだり、大活躍でモグジーも大助かりでした。こうして18枚のピザをあっという間に焼き終えることができました。

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 小学校1年生の頃にログで初めてピザ作りを経験した孫たちも6年生になりました、もう一人前の大人としての働きをしてくれます。


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 焼き上がったピザを熱いうちにドンドン食べています、今回もピザは美味しいと好評でした




フィナーレは花火大会

 何時の時代になっても花火は子供たちにとっては楽しみの様です。今年も花火の準備をしておきました。モグジーは線香花火が大好きなのですが、線香花火だけでは物足りないので、綺麗な炎や火花が出る花火も買っておきましたが、やはり線香花火が一番です。ただ、線香花火も昔の様に長く楽しめるようなものがすくなく、あっという間に火の滴が落ちてしまうと残念です。つい「昔の線香花火は綺麗やったなー」と思ってしまいます。そして、最後はネズミ花火で〆ます。ネズミ花火が走ると女の子の悲鳴が上ります、確実にモグジー夫婦は年を取り、いつの間にか、幼かった孫が大きく育っているのに気付かされます。

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 花火はいつになっても夏の夜の風物詩なのですね
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2017年08月12日

矢張り手羽先が大人気

次男一家帰省二日目

 昨日の朝、次男一家がログに帰ってきましたが、14日の昼には横浜に向けて帰って行きますので、思う存分ログ生活を楽しめるのは、今日と明日の2日です。子供や孫たちが帰って来たときに必ずやるのはバーベキューとピザパーティーです。夏の帰省では8月生まれが多いので合同誕生会も入れなければいけません。色々とスケジュールを検討した結果、今日は卓球とプール遊びとバーベキューをやり、明日、魚釣りとかくし芸大会、ゲーム大会、合同誕生会、ピザパーティーをすることに決めました
 ゆっくりと朝食を楽しんだ後、「ふるさと君」に行って卓球を楽しみました。その後、徳島ラーメンを食べに行き、昼食後は再び「ふるさと君」でプール遊びをし、夕方から全員でバーベキューの準備をし、涼しくなってからデッキでバーベキューを楽しみました。
 バーベキューの材料を買いに行く前に、孫たちに希望を聞いたところ、圧倒的に希望が多かったのは鶏の手羽肉でした。これは手羽先を買ってきて先端の部分と手羽中を切り離し更に手羽中を二つに切り分けて3分割した後、塩・ブラックペパー・にんにく・自家製のパセリとオレガノを乾燥させて細かくした香味料で味付けしたものです。安くて美味しく子供たちも大人の方にも大好評ですのでログのバーベキューでは欠かしたことが有りません。そして、豚のスペアリブやトウモロコシや焼きおにぎりも欠かさず焼いています。夕方から徳島に住む長女も1歳の女の子を連れてきましたので、全員で13名がバーベキューコンロを囲むことになりました。勿論、コンロは2台準備しました。
 コンロに炭火を熾し、火が安定すると先ずは手羽先肉を焼きます。孫たちがテーブルに着くと一斉に手羽先を食べ始めますので、手羽先がお皿に山盛りになった段階で全員に席に付いて貰いますが、どんどんと手羽先が無くなって行きます。今回はモグジーと次男が焼く役を務めましたが、とにかく、焼くのが間に合わない位の売れ行きでした。子供たちは食べるのが早く、短時間でバーベキューを終えますので後は室内に入って遊んで貰い、大人だけが残ってお酒を飲みながらバーベキューを楽しみました。子供達以外のゲストを迎える時は、モグジーがホスト役となり、バーベキューが終わった後もゲストを「ふるさと君」に送ったりしますので、ビールを飲むことはできませんが、今回は、次女が送迎役を担当してくれますので、久しぶりにビールを飲みながらバーベキューを楽しむことができました。お腹一杯になるまでバーベキューを楽しんだ後、デザートを食べながら談笑し、明日早朝の釣りに備えて9時過ぎに解散しました。

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 バーベキューを終えた孫たちは室内に移り自分たちで遊んでくれます。昨年の夏に生れた長女の女の子は子供たちにとっては格好のおもちゃです、男の子たちも遊び相手となって活躍してくれました。


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 陽が落ちるとデッキも涼しくなり、バーベキューをしていても暑さを感じません。焼いたものがドンドン無くなって行きます


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 デッキの上にはブドウ棚が有って、シャインマスカットの蔓が伸びています、なかなかいい感じでした
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2017年07月28日

神戸よりAさんをおむかえして

20年ぶりの再会

 今日は神戸からAさんをお迎えしました。Aさんは大学で社会学の先生をしておられハンセン病入所者の聞き取り調査のため20年前に初めて大島青松園を訪問され入所中のNさんの聞き取りを始められました。当時モグジーは大島青松園に勤務していましたが、NさんがモグジーをAさんに紹介され、Aさんとお会いして療養所の話をしたようです。こうしてNさんはAさんとモグジーとの出会いの場を作って下さいました。ただ、当時、モグジーはケースワーカーとして多くの来客者に対応していた為、Aさんのこともいつの間にかすっかり忘れてしまいました。Aさんはその後何度もNさんの元を訪ねられ、Nさんの生きざまを聞き取り論文にまとめられましたが、大島青松園でNさんと懇意にしていたモグジーは、その後、異動で大島青松園を離れ徳島県の東徳島病院で働くようになりました。モグジーが大島青松園を離れる時はお元気だったNさんが、その後体調を崩され、急逝されました。モグジーは遠く離れていた為、お別れもできませんでしたが、NさんはAさんを全面的に信頼され全ての思いを語られたようで、それを見ておられたNさんの世話人の方は、Nさんが亡くなられてしばらくしてからNさんの文章や写真などがが入ったミカン箱をAさんの元に送られたようです。
 モグジーとAさんとの再会の可能性は限りなくゼロに近かったと思いますが、かすかな縁がつながっていたのか、モグジーの教え子のF君を通してAさんと連絡が取れ、今回のAさんのログ訪問となった次第です。



写真が語りかけるもの

 Aさんに送られたNさんの遺品の中には100枚を超える写真が有りました。Nさんは昭和2年に生まれ昭和10年半ばにハンセン病と診断され、自分の意志で昭和19年17才の時に療養所に入所されました。病気も軽く才能があふれていた為、戦後青年団の世話役をやり、患者自治会が結成されるとリーダー役となり、自治会活動に活躍されてきました。写真の多くはその自治会活動の時に全国の療養所の自治会代表者が集まって会議をした時の写真が主で、療養所の中での生活の様子を写したものは殆ど有りませんでした。
 でも、写真に写っている若き日のNさんの姿を見た時、ショックでした。モグジーがNさんに初めてお会いしたのはNさんが55才の時です。その時はすでに頭に白髪が混じり、しかもモグジーより20才も年上ですので初老の患者さんと普通に受け止めていました。しかし、写真に写っている30代のスマートで身ごなしの良いはつらつとしたNさんの姿は前途洋々の可能性を漂わせています。なのに、療養所で一生を送らざるを得なかったNさん。モグジーはどこかでモグジーと同じ一人の人間としてNさんを見るのではなく患者さんとしてNさんを見、療養所に居られるのを当たり前の様に見てしまっていたのです。

 ケースワーカーとして入所者の方々と接する中で、写真を見せて貰うことが時々あります。関係が深まる中である日入所者の方から、「そこの引き出しを開けて、封筒に入っている写真を見てください、ここに入る前に撮った写真です」と言われ、見せて貰った写真には入所前の病状も殆ど分からない、普通の女の子の姿が映っていたのです。ハンセン病に依る後遺症のためすっかり変わり果ててしまった姿しか見えないモグジーに対し、一枚の写真が「私だってあなたと同じように生きていた時が有ったのですよ」とモグジーに問いかけて来ます。写真を見せて貰うまでそのことに気付かない自分がいます。
 Nさんの若き日の写真を見ながら、Nさんが決して言葉にすることは無かった思いを、投げかけて貰える存在ではなかった自分自身のありように無力さを感じました。写真を一枚一枚見ながら、写真に写っていることを話が出来ていたらなーと思い続けました。
 Aさんのお陰で、Nさんに改めて出会うことができ、とても充実した時を過ごさせて貰え感謝です。又、機会が有ればAさんとNさんの話をしたいと思います。
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posted by モグじー at 22:38| 徳島 ☁| Comment(4) | ゲスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月22日

「明日の午後家に居られますか?」

Iさん夫妻を迎えて

 昨晩、西宮市在住のIさんから「明日の午後、家に居られますか?」との電話が入りました。「午前中はテニスの練習に行きますが午後は予定は有りません」と答えると「明日午前中、鳴門に行く用事が有るので午後ログに寄りたいと思うのだけど…」とのことで、「大歓迎です、お昼はログのパンを是非食べて下さいね、お会いできるのを楽しみにしています」と伝えて電話を切りました。昨日は燻製の真空パック作業やレモンの加工作業でドタバタしていてブログを書き終わったのは12時を過ぎていましたので、Iさん夫妻を迎える準備は翌日にすることにして布団に入りました。
 Iさん夫妻を迎えることで興奮していたのか、今朝はいつもより早めに目が覚めましたのですぐに布団から出て気になっていた片付けをしました。デッキはブドウ棚作りの途中で材料や道具は出したままですし、地下室も最近多忙な日々が続いていた為、荒れ果てていました。それでも意外と片付けは早く終わり、テニスに出かけるまでには一応ログの中を見て貰える状態となりました。



やっと実現しました

 Iさんはモグジーが工業高校で働いていた時の同僚で英語の先生をしておられました。とても温厚ですがモグジーと違って生き方がまっすぐでモグジーにはとても真似が出来ないような人生を今も送っておられます。37年前モグジーが教師を辞めて大島青松園に移って以降はお会いすることは無かったのですが4年前に、急逝されたY先生のお墓詣りで久しぶりに再会し、その時に是非ログに遊びに来てくださいと声を掛けました。Iさんはその後モグジーのブログに目を通されるようになり、機会が有れば是非ログを訪ねてみたいと思われていたとのことですがなかなか鳴門に来る用事もなくそのまま時が過ぎていました。ところが、今回鳴門に来る用事が出来てご夫妻でのログ訪問がついに実現した次第です。
 午前中の用事を済まされたIさん夫妻は12時半に無事ログに到着されました。早速ログに入っていただき先ずは石窯パンやログ野菜やログ産のジャムや燻製などで昼食をとっていただきましたが、パンが大好きと言われるIさんの奥さんは美味しい美味しいと言って石窯パンをドンドン食べて下さり見ていてモグジーは嬉しい限りでした。



二人とも少しも老けていないなー

 Iさん夫妻もモグジー夫婦も皆似通った年齢ですが、Iさんが昔とほとんど変わらず若々しいので改めて年を聞くと、75才とのことです。モグジーは実年齢より若く見て貰えるのが自慢でしたが、Iさんは肌の艶や髪の黒さも含めて昔とほとんど変わっていないのには本当に驚きです。今も貧困家庭の子供の学習支援の活動をボランティアで続けておられるとのこと、何時までも変わらぬ生き様が肉体面にも出るのでしょうか、とても75才には思えず、生き生きとしておられました
 Iさんの奥さんも高校の先生で、教育活動の中で何度かお会いしたことが有りますが教師としての存在感は素晴らしく、ご夫婦ともにモグジーからすれば畏れ多い存在でした。ハンセン病にも長年ボランティアとして関わって来られモグジーが勤務していた大島青松園にも良く来られていましたが休日に来られていたためかお会いすることは有りませんでした。しかし、モグジーが大島青松園から東徳島病院への移動を命じられ、大島を離れる最後の日、島を離れる船の中で偶然Iさんの奥さんに会いできたのは奇跡の様なものでした。それから19年経ちましたが魅力的な存在は今も変わっていませんでした。



「鯛が沢山釣れたよ!」

 サンルームで外の景色を見ながらゆっくりと食事を楽しんでいると釣り名人のSさんの船が釣りから帰ってきました、Sさんと目が合うと船がモグジーの桟橋の方へ近寄ってきます、すぐに桟橋まで走っていくと「今日は鯛が大漁だったので要るのだったらマリーナまで取りに来て」と言われました。すぐに自転車に乗り200b余り離れたマリーナに駆けつけました。桟橋に降りてSさんの生簀を見てビックリしました。大きな鯛が生簀にあふれんばかりです。5時間余りで鯛が16匹も釣れたとのことです。しかも皆大きいのです。最大は70aオーバーで小さくても40aは有ります。好きなだけ持って帰ってと言われましたので、刺身にして美味しい40aと50aの鯛を貰いました。ログに鯛を持って帰るとその見事さに皆びっくりです。食事中でしたので取り敢えず生簀に入れて置いて再びサンルームで食事を楽しみました。
 食事が一段落したところで、鯛を捌くことにしました。Iさんは小魚を捌いたことは有るけど鯛は無いとのことで、急遽調理実習をしてもらうことになりました。Iさんには持って帰って貰う40aの鯛を捌いて貰い、50aの鯛はモグジーが手本で捌きましたが、初めてとは思えないほどの腕前でした。ただ、軍手をはめて貰っていたのに、鯛の抵抗は凄かったようで調理が終わった後、傷みを感じた指の先をチェックするとヒレの棘の先端の部分1aほど折れて皮膚に突き刺さっていたとのことです。鯛は綺麗に捌いてお土産に持って帰って貰いましたが、夜電話が入りしばらくは鯛を楽しませて貰いますと喜んで下さっていました。絶好のタイミングで立派な鳴門鯛が貰えるなんてとてもラッキーでした。



今度は美味しいアオリイカの季節にどうぞ!

 突然のIさんご夫妻のログ訪問でしたが、ブログに写る石窯パンの写真を見て頂くだけだったのに実際に食べて貰えモグジーもとても嬉しく思いました。そして、ゆっくりを話しをしながら食事を楽しむことが出来ました。まだまだ聞かせてほしい話も沢山残っています。西宮からログまで車で簡単に来れることもわかっていただけました。今度は、ログ訪問をメインで鳴門にお越しください。ブログを見てアオリイカが釣れ出したなと思ったら是非お越しください。秋も美味しい魚が沢山有りますよ。では、再会をお待ちしております。
posted by モグじー at 22:46| 徳島 ☔| Comment(0) | ゲスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月17日

楽しい1日でした

3時前には起きました

 昨晩は珍しく寝つきが悪く、深い眠りに入ることなく2時半頃眼が醒めてしまいました。矢張り、3時起床が気になっていたのでしょうか。3時前に布団から出て着替えを済ますと先ず生地のチェックをしました
冷蔵庫の生地はいつものように殆ど容積は増えていません。冷蔵庫では冷えすぎるため、工房の作業台に置いておいたブリオッシュとパン・オ・ショコラの生地は矢張り冷蔵庫よりは気温が高いのか容積がかなり増え特にブリオッシュの方は容積が倍ぐらいになっていました。そこでブリオッシュの生地は冷蔵庫に入れてから石窯に火を入れました。
 最初にバゲットから成形をする予定でしたが、ブリオッシュの醗酵が一番進んでいましたので、最初にブリオッシュを焼くことにしました。午前9時までは長男がパン焼きを手伝ってくれるとのことですので、いつもの様に石窯の温度管理をお願いしました。薪を3時間燃やした後、加熱炉に薪を移した後は石窯が冷えるのを待つだけですので、パン工房に入って食パンとメロンパンの生地作りを担当してもらいました。長男は家で猫の額の様な畑で野菜を作ったりバーベキューをしたり燻製を作ったり、料理にも色々と挑戦していますので、ログに帰るとパン焼きやピザ作りでは大活躍をしてくれます。今回長男が帰って来るとのことで大量のパンが焼けると喜んでいたのですが、急に、他の用事が出来て短時間しか手伝って貰えなくなり残念でした。

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 冷蔵庫の中の3ケースの生地は殆ど容積は変わっていませんでした


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 家具工房の作業台の上に置いておいた生地はブリオッシュの方がかなり膨らんでいました


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 食パンの生地を作るため材料を計量している長男です。5時から9時までの4時間しっかりと働いてもらい大助かりでした



矢張りパン・オ・ショコラが難しかった!

 ブリオッシュも最初にしてはトラブルもなく作業が進み無事に本に載っていた写真に良く似たようなものが出来ました、続いて作ったバゲット2窯とカンパーニュ1窯も順調に焼き上がりました。前半の4窯は至って順調でしたが、後半の3窯は結構大変でした。10時半頃にゲストがログに来て貰えましたが、楽しみにして貰っていたイワシ釣りは、9時過ぎでイワシが居なくなり、イワシ釣りは諦めて貰ってパン焼きの手伝いに頑張って貰いました。特にメロンパン作りは成形作業を全てゲストに担当して貰いましたが、矢張り主婦の皆さんですので、綺麗なメロンパンを成形して貰えました。又、ピザの準備も初めて貰いました。今日は妻と長男は9時から長女の家に行きますので、ピザ作りはモグジーとゲストで頑張らなければなりません。ピザの生地作りからトッピング材料の準備など次々とこなしてもらいました。
 パン焼きの方は食パンとメロンパンは順調に作業が進みましたが、今日もパン・オ・ショコラで行き詰まりました。レシピ通り生地の間にショコラシートを挟んで麺棒で広げて又折りたたむという工程をくりかえし、最後に生地をカットして丸め食パン缶にいれて最終醗酵をさせたのですが、生地がなかなか膨らまず最後は時間切れで石窯の中に入れて焼成を始めましたが、焼いてもそれほど生地は膨らまず完全な失敗作となりました。ココアパウダーの在庫が大量にありますので、繰り返し作って技術を磨くしか有りません。



さすがは石窯ピザです!

 ピザ作りの方は殆どのメンバーが初挑戦ですが結構スムースに作業が進み、1枚目のピザを焼き始めたのは12時45分でした。モグジーは焼き始めを13時と設定していましたので、予定より早く作業が進みびっくりです。主婦(一人だけ主夫参加】パワー全開と言ったところです。手作りピザの魅力は何と言っても自分で作った焼き立ての熱々ピザを食べられるということです。熱々だけでも美味しいのに、自分で作ったピザを薪をくべた石窯で焼くので、これ以上の物はないと思います。焼き立てをすぐにほおばって貰いましたが、勿論大好評でした。今日は全部で16枚のピザを前半に8枚焼き、しっかり食べた後、後半に8枚焼いてもらいましたが、9人で8枚完食と言った感じでした。間で今日焼いたバゲットに色々なジャムを塗ったり、野菜などを挟んでサンドイッチにして食べて貰ったりしましたが、これも、焼き立てのバゲットですのでとても好評でした。10時半に集まって15時過ぎまで、食べて話すだけでなく、パン作りやピザ作りに挑戦して貰いましたが、大人用のキッザニアで結構楽しんで貰えました。忙しくて1枚の写真も残すことが出来ませんでしたが、久し振りに会えた仲間と共に楽しい一時を過ごせた記憶は頭に残っていくのではないかと思います。
 昨日、ゲストの皆さんとメールでやり取りしている時に、イワシがログの前で入れ食い状態であることを伝えると、皆さん、イワシ釣りにも挑戦するのだと言って、全員が大きなクーラーボックス持参でログにやって来られました。しかし、悲しいかな、今日も朝8時まではイワシが釣れていたのに、9時にはイワシの姿が見えなくなりました。ゲストがログに到着した10時半にはイワシの姿はまったく見えなくなっていました。イワシ釣りは時間の勝負です。余りに来るのが遅すぎたようですが主婦は朝早く家を空けるのは到底むりなのですね…。モグジーとしては全員が持って来ていたクーラーボックスを空のまま持って帰って貰うことになったのがとても残念ですが、今回はイワシのご機嫌が悪かったということで勘弁していただけたらと思います。イワシが食べたくなったら今度は朝早くログに来て下さいね。



息子がこれほど飲めるとは

 今晩は愛媛県から来られたYさんだけはこちらに泊られますので、夜はモグジー夫婦と長男とYさんとでお酒を飲みながら(モグジー夫婦は全くアルコールは呑みませんでしたが)夜遅くまで楽しい一時を過ごしましたが、お酒の好きなYさんのハイレベルの呑みっぷりは知っていましたが、同じようなペースで呑む長男にはびっくりしました。お酒が飲めない親からお酒の好きなこが育つなんて、不思議ですね。お酒飲みは遺伝ではない事だけは確かです。お二人さんともかなり酔いが回っていましたが何事もなく飲み会も終わり今日の楽しかった長い1日が終わりました。
posted by モグじー at 23:56| 徳島 ☁| Comment(0) | ゲスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月20日

突然の嬉しいゲスト

「どうぞ入って下さい」と嬉しそうな妻の声

 今日は朝早くから起きて燻製の仕込みをし、終わるとアオリイカ釣りに出掛け半日かかってアオリイカ6杯とヒラメを釣って上機嫌でログに戻って来たモグジーは遅い昼食を終えるとサンルームのソファーで寝込んでしまいました。しばらくして、突然、嬉しそうな妻の大きい声で眼が醒めました。妻に誰が来たのと聞くと「大島青松園で一緒に働いていたYさんが来たの!」と弾んだ声で答えてくれました。モグジーもYさんのことは覚えていますのでビックリしました。Yさんに再びお会いできるなんて夢にも思っていませんでした。車の中にYさんの旦那さんと娘さんとお孫さんがおられるとのことですぐに入って貰いました。
 Yさんは奄美出身で高卒後大島青松園の准看護学校に入学され卒業された後そのまま青松園に勤務されその1年後にモグジー一家が大島に移り妻は看護師としての仕事を始めました。看護師の仕事は勿論、島のことも何もわからない妻は不安で一杯でした。その時にYさんと同じ職場となり色々と親切に教えて下さったのがYさんでした。残念ながらYさんは2年間大島青松園で働いた後、高等看護学校に進学するため大阪に行かれ後はずっと年賀状だけの付き合いとなっていました。普通であれば年賀状を出すのも止めたモグジーですので再会することは無かったと思うのですが、モグジーのブログを読んで熱心な読者になって下さったYさんはいつの日かログを訪問したいと思い続けて下さり、今回高松に行って帰る途中ログを訪ねて下さったのです。何と32年ぶりの再会です。Yさんはとてもきれいな方でしかも当時はバレーボールのエースでしたので中学校時代バレー部に入っていたモグジーにはとても印象に残っていました。32年経っても容姿は全く変わらずお孫さんがいるなんてとても信じられません。
 32年ぶりにお会いしてもお互いに容姿がかわっていなかったためかとても長期間が経ってしまった感じがせず、話がとても盛り上がりました。今回は帰り道と言うことで短時間の滞在でしたが、今度は是非ログに来る目的で来てくださいねとお願いしてお別れしました。Yさんが帰られた後も、モグジー夫婦はYさん一家の突然の訪問が余りに刺激的であったのか、興奮がずっと続いていました。Yさん、ログにお立ち寄りくださり本当にありがとうございました。
posted by モグじー at 21:29| 徳島 ☀| Comment(2) | ゲスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月21日

Aさんを迎えて

明日にするわ!

 モグジー家族は年に2度くらい大阪在住のAさんとYさんに会いに行っています。ともに長い付き合いで親戚以上の付き合いとなっていて長女の結婚式にも出席していただきました。Yさんは先日赤ちゃんの顔を見に来てくださいましたが、Aさんからも23日に顔を見に行くねと電話を貰っていました。ところが台風16号の接近も有ってどうなるか心配していたところ、昨日Aさんから電話が入り「23日は一日雨なのでできれば天気が良い明日行きたいけど都合はどう?」とのことでした。こちらも予定が無いのでAさんの希望通り翌日の今日来てもらうことになりました。
 今日はテニスの練習を終えると、急いで高速鳴門まで出迎えに行き、無事ログに案内しました。ログに到着すると早速「ほまれ」ちゃんと対面していただきましたが、先ずは母子ともに元気であることを心から喜んで下さいました。Aさんは長女が生まれた時に色々とお世話になっていましたので、長女が生まれた頃の話も織り交ぜながら昔話に花が咲きました。「ほまれ」ちゃんの髪の毛が薄いことが話題となり、長女が生まれた頃の写真を取り出してみると、長女も生まれた頃は「ほまれ」ちゃんと同じ様に髪が薄いのに、成長するとともに髪も多くなり普通の髪の量となっていますので、心配するに及ばないという結論となりました。
 これまでにもAさんは何度か数泊の予定でログに遊びに来ておられますが、今回は「ほまれ」ちゃんの顔を見るのが目的とのことで、一泊されて明日午前中のバス便で大阪に帰られる予定です。折角遠いところから来て頂いたのに、ログは「ほまれ」ちゃん中心の生活で、モグジーは魚釣りにも行けていません。いつもは釣りたての美味しい魚を食べて頂いていますが、今回は、冷凍保存していたタコやサワラを食べて頂き、活きの良い魚は次回にまわしていただくことにしました。


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2016年09月09日

Yさんを迎えて

「9日に行きます」

 8月31日に「ほまれ」ちゃんが退院しログに帰って来てから10日あまりになります。長女を始めモグジー夫婦も「ほまれ」ちゃんを中心として生活にだいぶ慣れてきました。最初は寝ても1時間後には目を覚ましていた「ほまれ」ちゃんが、最近は一度に2.3時間程度寝ることもあり母親もまとまった睡眠がとれるようになって少し楽になったようです。モグジーも夜間起こされることが少なくなりました。
 結婚しても長い間子供が出来なかっただけに、今回の「ほまれ」ちゃん誕生に際しては多くの方々から祝福の言葉やお祝いの品を戴き長女は勿論のことモグジーも心から感謝しています。長女が妊娠し安定期に入って間もなく、長女は長い間子供が出来ないことを心配して下さっていたYさんやAさんに妊娠の報告をしました。電話の向こうではとても喜んでくださり、後でYさんは電話を貰ったとき嬉しくて涙が出たと話しておられました。長女にとってはYさんやAさんは母親と重なる大切な方で、妻には無い女性としての生き方を色々教えてくださいました。勿論結婚式にも出席して戴きました。それだけに長女はYさん達に少しでも早く「ほまれ」ちゃんの顔を見せたかったのか、ログに来てほしいと電話を入れていました。色々と都合が有って来て頂ける日がなかなか決まらなかったのですが、先日Yさんから「9日に行きます」と言う返事を戴き長女は勿論のことモグジー夫婦も一緒になって喜びました。
 皆でYさんが来られる日を待ちました。そして、今日、Yさんが「ほまれ」ちゃんに会うため大阪から高速バスでやって来られました。バス停までお迎えに行き早速ログにご案内し「ほまれ」ちゃんに対面して戴きました。「まあ、可愛らしいこと」「元気に生まれて本当に良かったね」と心から喜んでくださいました。11時前にログに到着され15時過ぎにログを出発されるまでの4時間は、長女が無事出産を迎えるまでの日々のこと、そして、懐かしい昔話など色々と話をしているうちにあっという間に過ぎ去ってしまいました。
 Yさんが来られたら、Yさんに「ほまれ」ちゃんを是非抱いて貰おうと思っていましたが、声を掛けるタイミングを探っているうちに、Yさんから「ほまれちゃんを抱かせて」と言われました。もちろん喜んで抱いていただきましたがモグジーの中では「Yさんほまれちゃんを抱いてやって」と先に自分から声を掛けようと思っていたのにYさんに「抱かせて」と言わせてしまったことに申し訳ない気持ちが残りました。
 国の誤ったハンセン病政策の中でハンセン病患者は子供を作ることも抱くことも許されませんでした。「赤ちゃんを抱かせて」との言葉を発することは大変なことでした。でもYさんはハンセン病元患者であっても残りの人生は普通の人として普通に生きていきたいと言って社会復帰されただけに、普通の人として思ったことを普通に表現するということを常々実践されています。従って思っていること普通に言われたに過ぎないのかもしれません。
 でも、2900c余りの「ほまれ」ちゃんをモグジー達が抱くとつい「軽いね」と言ってしまうのですがYさんは「ほまれ」ちゃんを抱いて「まあ、重いのね」と言われました。Yさんは「ほまれ」ちゃんの存在全体を受け止めて「重いのね」と言われたのかもしれません。モグジー達は勿論体重の重さしか感じていないのです。
 4時間はあっという間に過ぎ去ってしまいお別れの時間となってしまいました。「ほまれ」ちゃんに分かれの言葉を掛けて頂きバス停へ送って行きました。Yさんに「ほまれ」ちゃんを見て頂き今日はとても良い1日となりました。

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 yさんに「ほまれ」ちゃんを抱いていただきました。想像以上に重いと言ってびっくりされていました
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2016年08月26日

元気で生まれてきました!

無事に生まれました

 何時生まれるか、何時生まれるかと電話を待ちつつ布団の中で浅い眠りを続けているうちに夜が明けてしまいました。忙しすぎて昨日も夕方水を遣れませんでしたので5時半過ぎに布団から出て先ずは畑の水遣りを始めました。水遣りの途中でお隣さんと野良猫の子について話をしていると妻が家から出てきてモグジーを呼んでいます。妻と目が合うと「5時9分に産まれたと電話が有ったよ」と叫びました。母子ともに元気とのことで一安心です。早速着替えて妻と病院に向かいました。病室に入ると産後の処置も終わっていて赤ちゃんは母親に抱かれて寝ていました。母子ともに元気な姿を見て本当に安心しました。長女は高齢での出産であったため子宮が硬かったのかお腹の大きさがかなり小さくて臨月とは思えない小ささでした。お腹の中の子は子宮が狭いため窮屈で胎動が激しくなったのか素人には分かりませんが病院に入院するまでずっと胎動痛で辛いのかいつも顔が歪んでいました。しかし、出産と言う大きな仕事を無事にやり終えた今は苦痛の表情も消え、産んだ子と一緒に寝ている姿は、幸福感に満ちているようでした。妊娠が分かって9ヶ月、長女から「いつ流産するか分からないので喜びすぎないようにね」と何度も念をおされていましただけに、元気な母子の姿を見ると感無量です。モグジーにとっては9人目の孫ですが、何人産まれても一人の生命が誕生するというのはとても神秘的であり、生命の貴重な営みを改めて感じさせてくれます。

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 モグジーのカメラで撮った最初の写真です、ちょっぴり微笑んでいるように見えます


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 妻に初めて抱かれて元気な声で泣きましたがすぐに泣きやみ寝始めました、さすがは元助産婦ですね


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 母親の腕に抱かれて安心したように眠る「はな」ちゃんです。モグジー達は花屋の子ですので赤ちゃんのことを「はな」ちゃんと呼んでいました。



次男の子も長男家族と一緒に帰ることに

 最初の予定では両親より先に新幹線で22日にログに来た次男の3人の子供は27日に両親が来て29日の夜行バスで両親と一緒に横浜に帰る予定でした。しかし、台風10号の動きを見ると次男一家が横浜に到着する30日の朝は台風が最接近して暴風が吹き荒れそうです。そこで、次男と電話で相談し急遽長男の車で一緒に帰ることになりました。今朝次男から予定変更の電話を受けてちょっぴり落ち込んでいた3人の孫も朝食を食べて皆で卓球をする頃にはすっかり元気になっていました。困ったのは自由研究のことです。船と筆箱はほぼ完成していますが、Mちゃんの花屋さんの方は半分ぐらいしか出来ていません。そこで、皆が卓球を楽しんでいる間、モグジーはMちゃんと家つくりに頑張りました。
 2時間の卓球が終わると全員ログに戻って輪投げ大会をしました。昨年孫と輪投げの道具を作り今年の春、次女宅に全員が集まったとき初めて輪投げ大会をしましたがとても盛り上がりました。そこで今回も輪投げ大会をすることにし賞品を準備していましたので、慌ただしい時にも拘わらず輪投げ大会を強行しました。輪投げは年代に応じて距離を変えますので獲得点数は余り変わりません。今回も予想外の展開で1位は最年少のMちゃんで、2位以下も子供たちが続き、大人は再開を争う展開となりました。

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 輪投げ台は1台目はつくばみらいの次女宅に保管し、2台目はログで保管しています。


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 輪投げの商品はお菓子ではなく文具品としました。値段はお菓子と違って分かりにくいので値段が高いものから選ばれていく感じではありませんでした



昼食はホテルのバイキング

 今夏は産まれた赤ちゃんの世話で忙しくなる妻の負担を出来るだけ減らす為、外食を中心にしました。と言う訳で最後の昼食も近くのホテルのバイキングを利用することにしました。輪投げを終えるとログから車で10分のホテルに向かいました。このホテルのバイキングは地元の素材を使った料理が中心で、料理の種類も少なく豪華さも無いのですが手頃な値段ときれいな海が見渡せる景色の良さやゆったりとした雰囲気がゲストに喜ばれるため時々利用しています。制限時間は80分間ですが長女の赤ちゃんを見たいとの希望が強かったため、面会時間に間に合わす為60分で食事を終え病院に向かいました

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 窓越しに青い海が広がりロケーションは最高です


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 孫たちが最初に口にするのはうどんです。安いうどんでお腹を膨らませなくても良いのに麺類が好きな子供にとっては魅力的なようです


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 鳴門の名産品と言えば鳴門金時です。さすがは名産品と会って天ぷらも甘くて好評でした


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 鳴門と言えば鳴門鯛です、鯛の刺身やハマチなどが思う存分食べられました


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 デザートは鳴門金時が入ったソフトクリームです。モグジーもソフトクリームが大好きなので何度もお変わりをしました



「ほまれ」ちゃんに会えました

 ホテルでの昼食を終えると病院へ急ぎました。面会時間は午後2時から3時までです。時計の針はすでに2時20分を指していますが2時40分には病院へ到着できそうです。病院へ着くと4階の産婦人科病棟へ急ぎました。新生児病室に付いたのは2時45分で何とか間に合いました。新生児の名札には「ほまれ」ちゃんと記入されており、父親が「澤穂希」を尊敬していたのでこの名前を付けたそうです。モグジーが長女にひらがなで名前を付けたため新生児もひらがなにしたそうです。短時間ですが「ほまれ」ちゃんの顔を見せて貰った後ログに帰りました。ログ出発予定は午後4時ですが、次男の子供が3名同乗するため、荷物の積み直し等をしてログを出発できたのは午後5時でした。

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 赤ちゃん面会室で「ほまれ」ちゃんの顔を見ているおばあちゃん、叔父叔母、従弟たちです


   s-P8260038.JPG  ログに帰ると自由研究で作った作品の撮影をしました。長女Mちゃんの花屋さんの模型です、
店の中のディスプレイがまだ出来ていません


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 長男のK君が作った船です。白と赤で塗られた船体はとてもきれいに出来ていました


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次女のkちゃんが、お節が入っていた折の板を利用して作った筆箱です。思いのほか良いものが出来ました。


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 荷物を積み込んでいるところです。「すず」は自分も連れて帰って貰えるのか不安そうでしきりに車に乗ろうとしていました


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 車に乗り込む前に記念写真を撮りました。妻と次女家族3人が残り7名が東京へと出発しました。7名の家族が去るとログは淋しくなりました。でも、全員ケガもなく帰ることが出来嬉しく思います。
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posted by モグじー at 23:24| 徳島 ☀| Comment(2) | ゲスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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