2018年05月20日

いつものログ暮らしに

ビワの袋を外す

 5月5日にビワの袋をかぶせましたが、5月16日に防鳥ネットを設置する作業が完成し、その後、設置状況をチェックしていましたが、鳥が入れるような穴も無いようですので、今日、ビワに掛けていた袋を外しました。基本的にはビワに出来るだけ直射日光を当てたいと思っていますので。今年は実質袋がかぶっていたのは15日間です。ただ、樹の上部になっている実でネットに直接接触している実は風で樹が揺れた時、実とネットがこすれてビワの実にキズが付きます。従ってネットに接している実にかぶせている袋はそのまま残しています。袋を外したところ、実が付いている場所によって熟れ具合がかなり異なっています。当然、南側に付いている実は良く色付いていてしかも大きい感じがします。反面、北側の方に付いている実は緑の物も有ります。ただ、甘みが載るのは1週間後ぐらいになるのではないかと思います。

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 南側に面した低い枝に10房程度のビワが成っていますが、この付近のビワが最初に収穫できそうです


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 南側からビワの樹全体を写した写真です。南側に面しているビワは殆ど色付いていますが反対の北側のビワは緑の実も沢山残っています。



午後は甘夏の加工を!

 午前中にビワの袋を外す作業をした後、再度防鳥ネットの補強をしました。矢張り、袋を外すと黄色く色付いたビワが嫌でも目立ちます。カラスが上で見張っているため、再度、防鳥ネットの補強をしました。これで多分大丈夫と思いますが、様子を見るしか有りません。
 ビワの手入れが終わり、昼食を済ませると甘夏の加工作業を始めました。甘夏は4月に収穫し発泡スチロールの箱に入れて追熟させていましたが、先日、甘夏をチェックしたところ、一つだけ傷んでいました。早急にピールやジャムに加工しなければと思っていましたが、作業をする時間を確保することが出来ませんでした。昨日やっと裁判関係の作業が終わりましたので、今日は早速気になっていた甘夏の加工作業をしました。収穫後いくつか食べましたので、箱の中に残っていた甘夏は19個しか有りませんでした。重さを計ったところ丁度7`でした。水洗いを終えた後、早速加工作業を始めました。段取りはいつも通りで、先ずは甘夏の皮を剥いた後、中の果肉を包んでいる袋を取る作業をしました。果肉は6割をそのまま食べ、4割をママレード作りに使います。一方、皮の方は半分をピール作りに回し、残った半分をママレード作りに使います。実を取り出して皮を加工する作業は結構時間が掛かり終ったのは夜の8時半でした。それからすぐにママレード用の皮とピール用の皮を水に晒す作業をしました。今日は晒す作業まで終えて、明日煮込み作業をする予定です。

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 加工せずに残っていた19個の甘夏です。今年は30個余り収穫できましたが三分の一はそのまま食べました。


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 今年収穫した甘夏は皮が凸凹の物がかなりありました、原因は分かりません。


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 甘夏の皮を剥いて、中身を取り出し更に袋を外して果肉だけにしました。ボールに入っている形が崩れたものはママレード作りに使いパットに入っているきれいな果肉はそのまま食べる予定です。


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 皮は右側のピール用と左側のママレード用に加工しました。ママレード用に薄く刻む作業が最も時間が掛かりました


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 皮の苦味を抜く方法は煮こぼしをする方法が一般的ですが、モグジーは水の中で何度も揉み洗いする方法を採用しています。二つの洗い桶に両方の皮を入れ、その上から水をヒタヒタになるまで入れ、洗い桶の中でしっかり揉み洗いをします。写真は1回目の揉み洗いが終わった後、皮を良く絞って洗い桶に水だけを残しました。透明の水が皮から出た成分で濁っています。ママレード用の薄く刻んだ皮からは沢山の成分が搾り出されひどく濁っています。この水が透明になるまで揉み洗いを繰り返します。
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posted by モグじー at 22:00| 徳島 ☁| Comment(2) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月18日

矢張り数を減らすことに

このままでは小さな桃に

 昨日の段階で、今年のモモの袋掛け作業は終了したと書きました。夜にそのブログを書き上げましたが、ブログを書き終えた後も、袋を掛けたモモの数が多すぎるのではないかとの疑念が寝るまでくすぶり続けました。昨年のモモの袋掛けのブログを読み直しても、同じようなことで悩んでいます。と言うことは、モグジーには摘果作業に対する明確な指針がないから、同じような問題を抱え込んでしまうのです。昨年は最後の段階で1本の枝に残すモモを一つにしました。今年は1本の枝になっているモモの内最も大きいモモに先ず袋を掛け、残ったモモに付いては最終段階で再度判断することにしていましたが、結局は1本の枝に2個のモモを残すケースが続出してしまい、結果として450個前後のモモに袋をかぶせてしまいました。どう考えてもこれはまずいと思いましたので、今日、テニスが終わると、果樹園に出て基本的には1本の枝に残すモモが1個になるよう、再度摘果を行いました。その結果、80個のモモを摘果しました。これで、樹に残っているモモは370個程度となりました。2割程度総数を減らしましたので、少しはましなモモが収穫できるのではないかと思います(涙)



温室にもトマトを

 一昨年、トマト温室のトマトが病気に罹り、全滅しました。そこで昨年は温室の土を天日消毒したり熱湯消毒して苗を植えたのですが、矢張り同じ症状がでて、最終的には秋でトマトの収穫は終わってしまいました。そこで今年はどうするか色々と悩んでいたのですが、今年は大きな布鉢に新しい土や腐葉土を入れて、苗を植えることにしました。他の夏野菜の植え付けも全て終わりましたので、モモの摘果作業が終わったあと、トマト温室にトマトの苗を3本ほど植えました。いつの時点で病気の症状が出るかドキドキですが、とにかくチャレンジです。

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 直径50aの布鉢に新しい土や腐葉土をたっぷり入れてトマトの苗を植付けました


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 例年であればトマトの苗を5本温室の中に植えていたのですが、今年は3本ほど植えました



 矢張り直播に軍配が!

 モグジーはトウモロコシを育てる場合、先に、ポットの中に種を播いて苗を作り、苗が育ってから畑に移植していました。こうする方が苗の管理がしやすいからです。しかし、殆どの本には畑に種を直播するように書いてあります。そこで今年は直播とポットで苗を育てる方法とを並行して行いました。先日、ポットで育った苗を直播の畝の隣に植えました。苗がしっかり着いたようですので両者を比較してみました。その結果は、苗の高さは殆ど変りませんが軸の太さがかなり違っていました。直播の方が倍くらい太いのです。これは収穫量にも反映されると思います。矢張り直播の方が良いようです。

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 これがポットに種を播いて育てた苗を畝に植えたものです、一番良く育った苗です


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 これが種を畝に直播きしたものです、ポットで育てた苗に比べると勢いが違います



カラスが居なくなりました

 この時期になると、ログの畑の横に在る電柱の上で必ず何匹かのカラスがじっとログの畑や果樹園を見張っています。先日、ビワに袋を掛けた所、早速、歩道に破れた袋とまだ熟れていないビワが転がっていました。まだ熟れていなかったので少しかじって捨てたのだと思います。ところが、今日ビワをチェックしたところ、袋の中の実が黄色くなっている感じです。1つだけ袋を外したところ結構色付いていました。もう少しで完熟です。昨日、防鳥ネットが完成しましたので何とか間に合いました。不思議なことに昨日から電柱に留まるカラスの姿が見えなくなりました。ログでは美味しいものにありつけないと悟ってくれたのでしょうか。

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 かなり色付いて来たビワです。黄色がもっと濃くなると完熟です
posted by モグじー at 21:41| 徳島 ☁| Comment(0) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月17日

やっと袋掛けが終わりました

 切り上げ剪定の効果か

 ログでは10年余りモモの栽培を続けていますが、モモの栽培を始めた頃に困ったのが縮葉病でした。モモの花が咲き実が付き始める頃、綺麗な新緑の葉が広がってきます。モモの栽培を始めて2年後ぐらいから、せっかく広がった葉が縮んでいき最後は水ぶくれの様なものが出来て落葉する葉が目立つようになりました。本で調べると縮葉病と書かれていました。縮葉病は感染するので、縮葉病にかかった葉が目に入るとちぎっていました。余りに縮葉病の葉が多いため、葉が足りなくなるのではないかと心配になるほどでした。更に、困ったことに縮葉病がやっと納まった頃に、今度はせん孔細菌病が蔓延し始めました。植物は葉が命ですので、葉が病気になって葉の枚数が激減するのはピンチです。ネットを見ては少しでも病気に罹らないよう色々な工夫をしましたが、根本的な対策は見つかりませんでした。ところが不思議なことに今年は縮葉病が殆ど出ていないのです。なぜ、縮葉病が出なくなったのか、考えてみた所、切り上げ剪定の効果ではないかと思いはじめました。切り上げ剪定をすると当然、樹の勢いが増します。その結果、縮葉病にかからなくなったのではないかと思うのです。もうしばらく時が経たないと確かなことは分かりませんが、もし、切り上げ剪定の効果だとすれば、とても嬉しいことです。


今日で袋掛けも終了

 先日から続けてきたモモの袋掛け作業は今日終了しました最終的には420個程度のモモを残してしまいました。ただ、袋の枚数が既製品は300枚とはっきりしているのですが、手製の袋はきちんと数えていなかったため、はっきりした枚数が分かりません。いずれにしてもゴルフボール程度に大きくなってしまった実を摘果するのは非常に勇気が要ります。この3日間の袋掛けに際して全部で600個余りのモモを摘果しました。ここまで大きくして摘果するのは大きな無駄ではないかと反省しています。モモの数を少なくするため、成長の段階に応じて摘花、摘蕾、小さな実の摘果、少し大きくなっての摘果、そして最終摘果となりますが、樹の負担を少しでも小さくするためには最終摘果の段階で袋の枚数程度に実を減らさなければいけないと思います。今回の様に袋掛けの段階ではモモはゴルフボール程度まで大きくなっていますので、かなりの栄養分を消費しています。これを摘果して捨ててしまうのは余りに勿体ない話だと思います。結局はモグジーに決断力が無いからだと思います。取り敢えず、今年はこのままで最後まで行きますが、結果をきちんと整理して、来年のモモ栽培では経験が生かされるように頑張ろうと思います。


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 最終的に摘果が終わった桃子です、結局270個余りの実を残してしまいました


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 桃太の方は少なめで樹に残っているのは170個余りかなと思います


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 今日も袋掛けの時に不要な実を摘果しましたが、120個余り有りました、結構大きな実も摘果しました



裁判記録の作成に頑張ります!

 夏野菜の植え付け、防鳥ネット張り、モモの袋掛けなどでこの10日間余りてんてこ舞いでしたが、今日の袋掛け終了で、急ぐ作業は一応終えることが出来ました。後は先日の裁判傍聴の記録をまとめる作業が残っていますが、2日も有れば作業終了となりますのでバタバタ続きの日常からちょっぴり解放されそうです。
posted by モグじー at 21:30| 徳島 ☀| Comment(0) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月04日

取り敢えずテニスだけは

何とか4人揃って

 昨日からモグジーは保母さん役を務めていますが、今日は金曜日のテニス練習日です。水曜日の方はメンバーが集まりやすいのですが金曜日はメンバーが全員揃っても4名ですので、できれば練習を休みたくありません。そこでテニスの2時間だけ保母さん役を免除してもらい、テニスに行ってきました。幸いにもモグジーを含めて4名でしたので思う存分テニスを楽しむことが出来ました。ただ、晴天のため想像以上に暑くて思いきり汗をかいてしまいました。
 テニスを終えてログに帰ると孫が待ち構えていました、いつものように、殆ど身体を動かす遊びをしましたが、今日は特別にイチゴ狩りを計画しました。ログのお隣のTさん宅にはホマレより6ヶ月前に生れたお孫さんが居られ、毎年5月の連休の時は里帰りをしておられます、昨日もお孫さんの姿を見ましたので、ほまれとお隣のお孫さんでイチゴ狩りをして貰うことにしました。先日報告しましたように、昨年はイチゴがうどん粉病で全滅しましたので、今年は植える株数を減らして風通しが良くなる様に植えました。その結果、イチゴの生育は順調で先日から収穫が始まったのですが、どうも、イチゴの苗に勢いがありません。普通は5月の連休頃に一番成りのイチゴを収穫すると、引く続き二番成りのイチゴが育ってくるのですが今年のイチゴは全くそのような雰囲気は有りません。しかも、残念なことに甘さがもう一つなのです。取り敢えず2歳前後の子にはイチゴと言うだけで喜んで貰えましたが、今年もこれでイチゴは終わりそうです。来年は何か考えなければなりません。
 今日も、何とか無事に保母さん役を務めあげることが出来ましたが、先ほど寝た孫が夜中に咳き込まなければよいのですが…昨晩は夜中の1時頃から咳き込み始めて大変でした。

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 摘み取ったイチゴを入れるカゴを持たせただけで大喜びの孫です


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 イチゴをハサミで切り取らせるため、孫の手にモグジーの手を添えてやりましたが、表情は真剣そのものでした
posted by モグじー at 22:07| 徳島 ☀| Comment(0) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月19日

この10日間のこと

無事に任務終了

 4月11日にログにやって来た長女と孫はログでの生活を終え、今朝、徳島の自宅に帰って行きました。この間、モグジーは孫の子守りに専念しましたが、孫を怪我させることもなく子守りを終えることが出来ホッとしています。今回の子守で最も辛かったのは保育所への送迎です。1歳半の孫はこの4月にやっと保育所に入ることが出来、4月7日に入所式が有りました。そして、9日(月)から保育が始まりましたが、最初は慣らし保育と言うことで保育所に預けられるのは1時間だけでした。11日から2時間保育となり今は3時間保育となっています。孫が鳴門滞在中は保育所まで片道20`も有るため、保育所を休ませようかとも思いましたが、始まったばかりですので、モグジーが毎日保育所に送り迎えすることになりました。車の運転は苦になりませんが、保育士さんに預ける時、孫はモグジーの身体を強く抱き締め大泣きして離そうとしません。それを無理やりに離して保育所を出る時に辛さはずっしりと堪えて来ます。日にち薬で少しずつでも慣れてくれると良いのですが、反対に、泣き始める時間が早くなっています。最初は保育士さんに渡す時に泣き出していたのですが、次は保育所の戸を開けた時に泣き始め、その次は車から降ろす時に泣き始め、ついには保育所に通じる道に入ったところで泣き始めました。今回はこの段階で保育所への送り迎えが終わりましたが、次に預かる時は何とか笑顔で送れるようになっていて欲しいものです。
 モグジーには4人の子供がいますが、子育ては全て妻に任せ、殆ど関わっていません。学校の仕事が忙しくて朝は7時半に家を出て帰ってくるのは夜の12時前後ですので、子供と顔を会わす時間も有りませんでした。長女などはモグジーの顔を見て泣いたものです。祖父となり孫の世話をするようになって始めて子育てを経験する始末です。
 孫が保育所から帰ってログに居る時は、毎日のように、すぐ近くのウチノ海総合公園に連れて行って遊ばせました。この公園は素晴らしい公園で幼児も子供も大人も老人も犬も思いきり楽しむことができます。広々とした芝生の広場が有り、そこでボール遊びをするだけでも孫は大喜びです。モグジーの9人の孫達はログに来ると必ずと言ってよいほど、この公園に来て思いきり遊んできました。近くにこんなに素晴らしい公園が有るなんて本当に嬉しいことです。
 11日から18日まで1日の生活時間の殆んどを孫の子守に使いましたが、ログ生活には、どうしてもしておかなくてはならない作業がいくつかあります。いくつかの作業を短時間で何とかこなしてきましたが、その作業をブログに書く時間は全くありませんでした。このブログはモグジーにとっては作業記録を主に残す為の物ですので、この間にやった作業を簡単に記録しておきたいと思います。



毎日ウチノ海公園へ ・ 12日から18日まで毎日

 孫がログ滞在中はログから600bのところに在る県立ウチノ海総合公園に毎日のように連れて行き、2時間ばかり遊びました。孫が特に気に入っているのは滑り台と芝生の上でのボール遊びでした。日中にしっかり身体を動かしていると夜は途中で起きることもなく熟睡してくれます

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 公園はウチノ海に面しており、昔塩田だったところを埋め立てて広大な臨海公園としています
   

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 芝生でボール遊びをしているモグジーと孫です


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 芝生で遊んでいた小学生のグループに囲まれて遊んでいる孫です


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 このローラー式の滑り台がとにかく大好きで多い時は20回も滑っていました


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 ネットをよじ登ると滑り台の入口に行けますので孫は必死でネットを登っています



桃の摘花 ・ 4月13日

 満開だった桃の花のそばからドンドンと青葉が出ています。全部の花を残しておくと膨大な量の実が付きますので、先ずは摘花をしました。桃太よりは桃子の方が花は良くついていました。

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 1本の枝に沢山の花が付いています、この花を全て受精させて実を結実させると樹の体力が低下しますので、上向けの花などをちぎり取ります


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 こんな感じで下向きに開いている花を中心に残します



昆布拾い ・ 4月15日〜19日

 4月14日は台風の様な猛烈な風が南から吹いて鳴門の海は荒れ狂っていました。その風も翌日の午後には少し弱くなり風向も北西となりました。この条件で風が吹けば海岸にワカメや昆布が打ち上げられるのは間違いありません。先日ワカメと昆布を拾いましたが、もう少し欲しかったので、孫の貝拾いを兼ねて家族で海岸に出かけました。午後3時から北西の風も少し弱くなりましたので浜辺に行くと、予想通り、ワカメの塊や昆布が波打ち際に打ち寄せられていました。夕方にワカメを拾っても湯通しする時間が有りませんので、干すだけで取り敢えず処理を終えることが出来る昆布だけを拾いました

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 波打ち際に打ち寄せられた昆布を拾うモグジーです、長いものは5b余りも有りました


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 昆布を拾い終え、貝拾いを終えた孫を抱いて浜を歩くモグジー夫婦です


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 今回は昆布を運ぶために車イスを持って行きました。ブルーのかごの中に昆布を入れ、その上にミカンコンテナを置いて孫を載せました。ログに帰ると先ず海水で昆布を洗い、ロープに吊るしました


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 3日かかって、綺麗に乾燥しました


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 今日の夕方から昆布のカット作業をしました


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 今日(19日)完成した昆布の束です、全部で23束完成しました。前回のものより品質が良さそうです。前回36束完成させましたので今年は全部で61束の昆布を完成させました



トウモロコシの苗立て ・ 4月17日

 孫に大好きなトウモロコシを食べさせていて、今年はまだ苗をたてていないのに気付きました。昨年も苗を立てるのが遅くなり小さな粒のトウモロコシしかできませんでした。トウモロコシが小さいことから、トウモロコシの苗立てを思い出したのです。そこで、慌てて、トウモロコシの種を買いに行き、今日、24個のポットに播きました。種が余りましたので、畑の畝にも直播しておきました。



腐葉土の袋詰め ・ 4月19日

 今日は、朝食後長女と孫を乗せて自宅に向かいました。孫を保育所に送り届けた後、長女を病院に連れて行き、診察が終わったあと長女を自宅に送り届け、ログに戻るとお昼になっていました。今日から本格的に作業ができますので、すぐに昼食をとり、休む暇もなく作業に取り掛かりました。今日の作業は夏野菜を植えるための畑の土作りです。土作りには、自家製の腐葉土が必要ですので、今日は先ず、腐葉土の囲いを開け、囲いの中の腐葉土を袋に詰めました。これまでは、腐葉土の原料となる枯葉は大学の落ち葉を取りに行っていましたが、昨年からログの敷地内で出来た植物を原料にすることにしました。果樹の剪定くずや落ち葉、トウモロコシの茎や葉、ビワや果樹の落ち葉などを貯めて置いて、昨年暮れに囲いの中に積み込んでいました。今年に入って一度囲いを開けてチェックしたところ、水分が足りなかったのか、余り醗酵が進んでいませんでした。そこで、しっかり水分を与えておいたのですが、今日、囲いを開いて中をチェックしたところ、取り敢えずは腐葉土に近い状態まで醗酵が進んでいましたので、袋詰めにして畑の近くまで運び、後日畝の土に混ぜ込むことにしました

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 囲いの前の部分の板を取外したところです、枯葉などの固形物はかなり分解が進んでいました


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 まだ少し醗酵が終わっていなう部分もありましたが、畑に埋め込めば土に還ってくれると思います


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 腐葉土は40g入りの堆肥袋に15袋分ありました、これで、何とか土作りが出来そうです
posted by モグじー at 22:44| 徳島 | Comment(2) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月05日

勉強がお花見に!

お店は閉店していました!

 今モグジーの頭の中は石窯のことで一杯です、「どの様にすれば石窯の温度を下げないで済むのか」色々と考えているのですが、良い案が浮かんできません。2010年に石窯でパンを焼き始めてから、パン焼きに興味を持つようになりました。それまで、余りパンを食べなかったモグジーは積極的に美味しいと言われるパン屋さんでパンを買って食べるようになりました。しかし、石窯で薪を焚いてパンを焼いているパン屋さんを実際に訪れたのはたったの1回です。数年前に東京に住んでいる長男の家に行った時、青梅市の山の中に在る「木の葉」というパン屋さんに行きました。そこは、石窯に薪を焚いてパンを焼く本格的なお店でしたが、その当時はまだそれほど石窯パンに凝っていませんでしたので、パンを買っただけで、石窯の構造や使い方などは真剣に見ていませんでした。
 先日から、石窯での薪の焚き方、パン屋さんの石窯では温度低下はどれぐらいなのか、蒸気の入れ方はどうしているのか等色々な疑問が湧いてきています。そこで、一度プロの話を聞きたいと思ってパソコンで「徳島 薪窯パン 」で検索したところ神山町に「薪パン」と言うお店が有ることを知り、さっそく、妻と二人で車を走らせました。約1時間掛かって神山に着き、道の駅で場所を聞いたところ、何と、閉店したとのことです。
 ログに帰って「薪パン」のことを色々と調べた結果、薪が豊富な神山で薪窯パンを開店しようと思って大阪から移って来られたTさんが2010年に「薪パン」をオープンされたそうです。美味しいパンでたちまち有名になったとのことですが、残念ながら2014年に閉店されたそうですTさんは窯の温度管理やパン生地の仕込みで1日16時間働いておられたとか、又、薪の確保も大変だったようです。態々大阪から移って来て頑張っておられたのに閉店せざるを得なかったTさんが置かれた厳しい状況、趣味でしかパンを焼かないモグジーでも良く分かります。薪窯でパンを焼く場合、先ず大変なのが薪の確保です。モグジーもずっと頭を悩ませました。幸いにも義兄の樫材工場の廃材を貰うことで今後10年間の薪を確保できたときは本当に安堵しました。また、趣味で焼くモグジーでも1回パンを焼くのに前日の生地作りで8時間、当日のパン焼きで12時間、合計20時間余り身体を動かしています。お店をするとなれば毎日休む暇がないと思います。薪窯の場合窯の温度管理だけでも大変なのです。Tさんは再度挑戦したいと言っておられるとか、何とか頑張ってほしいと思います。

   

神山は枝垂れ桜であふれていました

 神山の町に入ると、道路沿いは見事な枝垂れ桜の桜並木が続いていました。行きは桜も余り目に入らず、「薪パン」のことばかり考えていましたが、帰りは久しぶりに旅気分を味わいました。妻はソメイヨシノを好みませんので、結婚以来桜見物にはほとんど行っていません、山桜が好きなので遠くから眺める山桜を楽しんできました。しかし、神山の枝垂れ桜は今が満開でとても綺麗でした。思わず車を止めて写真を撮りました。帰りは時間がたっぷりありましたので、峠を越える時は広い国道ではなく車1台がやっと通れるような山道を通って帰りましたが、新緑の緑に桜の色映えてとてもきれいでした。久しぶりに旅をした感じです。「薪パン」は見れませんでしたが、久しぶりに山を楽しめ良かったと思います。

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 こんな感じで道の両側には満開の枝垂れ桜が続いていました

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 山の中に入っていくと緑が増え、その中に咲く桜がとても綺麗に見えました



少しは自信を持って良いのかな?

 鳴門に帰る途中、徳島県では石窯パンとして有名な「パパベル」に寄ってバゲットなどを買って帰りました。パパベル」では石窯でパンを焼いていますが、火力は薪ではありません。従って、モグジーにとっては余り関心は有りませんが、昔、美味しいと思って食べていた「パパベル」のバゲットと先日モグジーが石窯で焼いたバゲットとを食べ比べてみたいと思っていました
 ログに帰ると早速、2本のバゲットを食べ比べてみました。妻は常日頃、ジーのパンの方が美味しいと言ってくれますが、モグジーにはそれほどの実感は持っていませんでした。でも、最近、手捏ねで生地を作り、改良した窯でバゲットを焼きだしてから、以前より美味しくなったのはモグジー自身も感じています。しかし、客観的な物差しがないので何とも言えません。ただ、「パパベル」のバゲットとログのバゲットとを比べてみて自分なりの評価が出れば、それなりの評価が決まると思いました。
 軽くローストしたバゲットを口に入れた所、明らかにログのバゲットが美味しいと自分でも思いました、それは両者のクラムを写真に撮ったところはっきりと差が映っていました。クラムの透明感が異なっていました。これであれば皆さんに食べて貰っても恥ずかしくないと思いました。これでますますバゲットに熱中しそうです。

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 これが「パパベル」のバゲットのクラムです、綺麗に膨らんでいますがクラムに透明感が有りません、食パンの生地と同じ感じです


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 これがモグジーのバゲットのクラムです、クラムに透明感が有るのが分かって貰えるでしょうか、この透明感を出すのに何年もかかりました

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posted by モグじー at 22:55| 徳島 ☁| Comment(4) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月31日

横浜組を見送りに

帰りは新幹線で!

 25日につくばの次女一家と一緒にフェリーでログに帰って来た横浜の次男の子供達3人は31日に一足先に帰らなければならないので、帰りは新幹線で子供達3人だけの旅をさせることにしていました。ところが次男の末っ子・5歳のツバサちゃんがどうしてもログに行きたいと言ってどうにもならないので、急遽、次男のお嫁さんがツバサちゃんを連れて夜行バスで29日の朝ログにやって来ました。更に、徳島の長女がホマレちゃんを連れてきましたので、一時は、ログで12人もの人間が生活するというログ始まって以来の大賑わいとなりました。楽しかったログでの生活もあっという間に終わり、、今日は横浜組の5人が帰途に就きます。元々、当初の予定では孫3人だけを新神戸で新幹線に乗せるので、新神戸まで車で送っていくことにしていましたが、母親が合流しても予定通り、新神戸まで送っていくことになり、車内で最後の最後まで孫達は賑やかに楽しそうに過ごしていました。
 新神戸まで、高速道路は渋滞もなく走ることが出来ましたが、春休みの週末と言うことで、新神戸駅は大混雑しており2階の送迎デッキの駐車場は満車で長い行列が出来ていました。とても駐車場に入れそうにありませんので、モグジーは車を止めて運転席に残り、モグジー以外は全員車を降りて貰いました。20分後ぐらいに横浜組を見送ったつくばの次女達が帰ってきましたので、車に乗せ、次の目的地である大阪のYさん宅に向かいました。休みの度にログに帰ってくる次女と二人の孫は必ず大阪のYさん宅を訪ねていますので、この春休みも横浜組を見送った後でYさん宅を訪問する計画を立てていたのです



折角の良い機会だったのに!

 Yさんはハンセン病療養所を退所して今は大阪で暮らしておられますが、モグジーが35歳でハンセン病療養所に就職した時、療養所に入所しておられ、ひょんなきっかけでYさんとの付き合いが始まりました。その頃、次女は2歳でやっとオムツがやっと外れたところでした。モグジー夫婦は共稼ぎでしたので、子供達だけになることも良く有り、そんな時は、Yさん宅で遊んで貰っていました。その次女も39歳となり12歳と9歳の女の子を持っています。休みでログに帰る度にYさん宅を訪問していますが、今回も新神戸から高速を走って1時間後にはYさん宅に到着しました。
 昔から変わりませんが、Yさん宅ではいつも大皿に盛ったお握りが出て、お腹が裂けそうなぐらい食べさせて貰いました。今日もおにぎりやいなり寿しをお腹一杯食べさせて貰った後、しばらくは団欒の時を過ごし、その後二人の孫がダンスを披露し、続いていつもの様にトランプ遊びをして過ごしました。
 団欒の時に、Yさんの口から、「おばちゃんが病気になったのは、今のマナミちゃんと同じぐらいの歳だったのよ」と言われました。最初、突然眉毛が抜けたこと、当時は眉毛が抜けると、ハンセン病を先ず疑われた事などを話して下さいましたが、モグジーがきちんと話の整理をしなかったため、その頃、Yさんが心の中で感じておられたことなど、聞かせて戴かないまま、Yさんの話は終わってしまいました。孫達はYさんにお会いするたびに、進級祝いなどを貰っていますが、お祝い以上に孫達がYさんから戴かなければならないのは80年間生きて来られたYさんの思いではないかと思います。折角、Yさんが話を始めて下さったのに、大切なことを話して戴く、道案内をしなかった自分自身が情けなくて仕方が有りません
 モグジー自身、満州で生まれ戦後、命からがら満州から引き揚げて来ました。しかし、断片的に両親が話す苦労話は聞いていましたが、しっかりと両親の気持ちを受け止めることは無かったのです父のこと、母のことが愛おしくなり、思いを聞かせてほしいと思った時は、両親はすでに亡くなっていました。ハンセン病療養所で働き、色々な場面で、入所者の方々から、家族の方々から、話を、思いを聞かせて戴きましたが、その思いが私の血となり肉となっていたかと問われると、自信を持ってイエスとは答えられません。だから、今回の様な失態を繰り返してしまうのだと思います。Yさんにお願いして、モグジーに、モグジーの子供達に、モグジーの孫たちに是非Yさんの思いを聞かせて戴かなければと思います。それぞれがどれだけ受け止められるか、分かりませんが、モグジーがしなければならない大切な宿題だと思います。
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posted by モグじー at 19:14| 徳島 ☀| Comment(0) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

桟橋を堤防と平行に!

桟橋が落ち着かない

 桟橋を作り換えて2ヶ月余りが経ちますが、サンルームから桟橋を見ていてどうも落ち着きません。そもそも11年前に始めて桟橋を設置した時は、桟橋を現在と同じように堤防に対して直角(東西の方向)に設置し、船も東西の方向で桟橋の南側に係留していました。この方向であれば、船の着岸、離岸は楽ですが、台風の南風をまともに横からまともに受けてしまい、下から吹きあげられて横転しそうになりました。そこで、その後は桟橋の北側に船を係留していました。しかし、その後色々なことが有って、桟橋を90度回転させて南北方向に設置しました。船も南向きに係留した結果、台風の風を船首から受けるようになりましたので風に対する心配は無くなりました。今回、桟橋を新しく設置するに際して、桟橋の向きをどうするか色々と考えましたが、今回は桟橋がかなり小さくなっているため、桟橋を堤防から離すには桟橋を東西方向に設置するしか有りません。当然船は桟橋の北側に係留していますが、船が風を受けて移動すると桟橋も船に引っ張られて移動し、常に桟橋の方向が変わって落ち着きません。そこで、桟橋に船を係留するのではなく、船を錨ロープに係留する方式に変えることにしました。その場合、船首を南に向けた方が台風の時に安心ですので、今日、桟橋を90度回転し、更に、船を錨からのロープにつなぐ方式に変える作業をしました。明日の方が風は弱いので作業がしやすいのですが、明日は土曜日でマリーナから出港する釣り船がログの前をひっきりなしに通過しますので、船が作る波が激しくて作業がしにくくなりますので、今日のうちに桟橋の設置し直し作業をすることにしました。



一人で何とかやれました

 船を桟橋に係留したまま桟橋を移動するのは難しいため、今回も先ず船を錨で少し沖の方に留めて置いてから、桟橋の移動作業をしました。桟橋は四隅をロープで止めており、しかも、タラップを桟橋に載せたママですので、急に桟橋を大きく動かすとタラップが桟橋から海中に落ちる可能性があります。そこで4ヶ所のロープを少しずつ緩めたり締めたりしながら桟橋を動かしていった結果、なんとか、目的の位置に桟橋を設置することが出来ました。桟橋の位置が決まると次に錨から桟橋に伸びているロープの途中に新しいロープを巻き付け、その新しロープで船を係留できるようにしました。船を係留するロープの準備が出来たら後は船を桟橋の方に戻して、錨からのロープに船を係留しました。普段は船を桟橋から70a程度離したところに浮かせ、船に乗り込むときなどに船に取り付けたロープを強く桟橋側に引けば、殆ど船は桟橋に接しますので乗り込みが簡単になります。普段は船は桟橋から離れていますので、船が揺れても桟橋にぶつかる心配はありません。こうして、桟橋の移動作業は夕方までに無事に終わりました。

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 作業を始める前にサンルームから写した写真です。風で船が左右に揺れるたびに桟橋も左右に動きます。


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 桟橋を固定する黒いロープは沖の錨から桟橋まで伸びています。その黒いロープの途中に結ばれた白いロープが船首の杭に留められた後、更に桟橋の隅まで伸びています。こうすることで船は錨と桟橋から引っ張られて適度な位置に係留されます


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 船尾側も同じ様に桟橋を固定する錨から桟橋まで伸びているロープの途中に船を係留するためのロープを結び付け、船と錨を直接結んで船を係留します。


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 船と桟橋間隔が70a程度になる様に桟橋と船首・船尾とを短いロープで結んでいますが、船に乗る時はそのロープを強く引くと船が桟橋まで近寄って来ます。普段は船と桟橋の間が70a位離れていますので、水路に釣り船が通って船が激しく揺れても桟橋にぶつかることはありません


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 桟橋の移動作業が終わった後、写真を撮りました。桟橋と船はこんな感じとなりました。これで台風が来ても、前の水路を船が通っても安心です
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posted by モグじー at 23:40| 徳島 ☀| Comment(2) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月25日

レモンピールのレシピ

レモンピールにもラベルを貼ろう!
 昨日、レモンピールが完成し、瓶に詰めたり、袋に詰めましたが、矢張りジャムなどと同じようにラベルを貼った方が分かり易いと思って、今日早速ラベルを作って貼ってみました。瓶の方は問題なく貼れましたが、セロファンの袋の方は糊が付き難く余り綺麗には貼れませんでした。でも、ラベルが有るとプレゼントしても分かり易いのではないかと思います。今日も徳島に居る長女に試食をして貰いましたが、矢張りこれまで作ったレモンピールの中では一番美味しいとの評価を受けました。そこで、今後のために取り敢えずレシピをまとめておくことにしました。

   s-IMG_2043.JPG
 先ずは、レモンピールの入った瓶にラベルを貼りました、矢張りラベルを貼ると馬子にも衣装で良い感じとなりました


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 袋の方にも同じラベルを貼りましたが、瓶とは違ってすぐにラベルが剥がれそうです。そこで、不細工ですがラベルの両端をセロテープで止めました



レモンピールのレシピ

 今回作ったレモンピールの経験を元に簡単なレシピを作りました、主な材料及び工程は以下の通りです

 材料
    レモン       40 個
    砂糖         1 `
    グラニュー糖  300 c

 工程
   1、40個のレモンをよく洗い半分に切って果汁を絞る
   2、果汁を絞った後のレモンの皮(半分)を16等分にカットする
   3、カットした皮を水の中で揉み洗いする、4回ほど水を換える
   4、最後に鍋の中に大量の水を入れ沸騰するまで焚いた後、茹でこぼしをする
   5、多めの水の中に皮を入れ弱火で皮の白い部分が透明になるまで焚く
   6、皮が透明になったらお湯を捨て、砂糖1`と果汁800ccを加えて弱火で煮
     詰める
   7、蜜が最初の四分の一程度になるまで煮詰めた後ザルで蜜を時間をかけて
     濾す  
   8、水分が無くなったら皮を網の上に並べ乾燥させる(1.2日)
   9、皮の表面がべとつかなくなったらグラニュー糖をまぶす
  10、更に1日程度網の上で乾燥させればレモンピールの完成です


注意点

  3、の揉み洗いの時、レモンの皮はとても固いので少しぐらい力を入れて絞っても
    皮が切れたりすることはありません

  5、の段階で少しぐらい苦みが残っている方が完成した時にレモンの風味が生き
    てきます

  6、の煮詰める作業ですが、モグジーは電気鍋で保温(80度)でじっくりと煮詰め
    ます、ずっと、電源をONにしたままではなく、80度に成ったら電源をOFFにし
    30分程度経ったらまた電源をONにすると言った感じで断続的にON・OFFを
    繰り返し、しかも、鍋の蓋に水滴が沢山付いたら布巾で拭く作業を同時にして
    水分を抜いています、この煮詰める作業が最も大変ですが、高温でさっと煮詰
    めると柑橘類を高温で加熱した時に生ずる独特の臭いと味が皮に残ります

  7、で濾しとった蜜は水で薄めればレモン水、お湯で薄めればホッとレモンとして
    美味しく飲めます

 10、のグラニュー糖をまぶすタイミングも早すぎるとグラニュー糖が溶けてしまい、
    遅すぎると皮にグラニュー糖が引っ付かなくなります、経験でタイミングを習得
    するしか有りません


取り敢えず、上記のようにレシピをまとめてみましたが、来年はこのレシピに沿ってレモンピール作りをし修正点が有れば更に修正し様と思います

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posted by モグじー at 23:08| 徳島 ☔| Comment(0) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

無事に帰ってきました

「迎えに来て!」

 1月29日に上京し、メイン行事の妻の姉の納骨を翌30日に済ませた後、次女の家に行く途中、気分が悪くなり、体調不良でそのまま寝込んでしまった妻のことはブログでも書きましたが、2月6日に飛行機で帰るのは羽田までの移動が無理なため、キャンセルしました。その後、時間はかかりましたが少しずつ口から物が食べられたり、1日中布団の中で過ごすのではなく、時々は食卓で座れるようになるなど、何とか、フェリーに乗せて貰ったら徳島で迎えに出れば一人で帰れそうになってきましたので10日の夕方にフェリーに乗せて貰う方向で準備を進めてきました。
 ところが、昨日(9日)の昼はまずまず調子が良さそうだった妻が、夜8時ごろのフェイスタイムでは様子がおかしいのにハッとしました。食卓から何も言わないで急に布団に戻って寝てしまったのです。どうしたのか、聞いて貰ったところ坐っているのがしんどくなったとのことです。こんな状態では、明日一人でフェリーに乗せる訳にはいきません。矢張り、モグジーが車で迎えに行った方が良いのではないかと思っていると、すぐに次女から連絡が入り、「ばあちゃん、一人では帰れないのでジーに迎えに来てほしいて言ってるよ」のことでした。


車で迎えに行こう!

 これまでも、上京中に体調を崩し、車で迎えに行ったことが何度かありますが、今回は歳も取って体力も落ちてきていますので、体調を崩しているとの連絡を受けてからは、何度も車で迎えに行くことを考えていました。ただ、モグジー自身が体調を崩していたことも有り、更に、今年は特に寒い日が続いていましたので、雪の中を走ることだけは何としても避けたいと思い、天気予報とにらめっこしながら迎えに行くタイミングを考えていました。万が一の場合も想定してタイヤチェーンを購入し、タイヤの空気圧の調整もして迎えに行く準備も整えていました。予報を見ると、この3連休は全国的に寒波が緩み雨の予報が出ていましたので、フェリーが無理なら3連休中だったら車で迎えに行けると思っていた所での次女から連絡でしたので、迷うことなく車で迎えに行く決断をしました。準備は出来ていますが、問題は何時にログを出発するかです。深夜に山の中を走るのは非常に不安でしたので、できれば10日の朝ログを出発して、夜つくばに付き、一晩寝て11日の朝、つくばを出発して夜ログに帰ってくる旅程を取り敢えず決めて次女に伝えました。



今から出発しよう!

 でも、今回も又、せっかちのモグジーの悪い癖が出てしまいました。ネットで深夜の新名神、新東名沿いの場所の気温を調べた所、0℃以下の予報は殆ど有りません。これだったら深夜も走れるかもしれない、走れなかったらその時点で仮眠をとれば良いと思い、結局、取り敢えず、昨日のブログを簡単に書いた後、改めて車で毛布などを積み込んだりして、昨晩の午後11時にログを出発しました。深夜東京に向け走る場合で心配なのは、草津から亀山までの山越えです。しかし、走ってみると幸いなことに雨や雪は全く降らず、気温もじわじわ下がりましたが最低でも0度までしか下がらず、チェーン規制も無く、無事に新名神を走り抜けることが出来ました。眠くなったら車の中で寝ようと、頑張って走り続けましたが、徐々に睡魔を感じるようになり、これ以上は無理と判断し、新東名の岡崎SAで午前3時ごろ寝ました。目が醒めるとすでに周囲は明るく時計を見ると7時になっており、4時間ぐっすり寝てしまいました。新東名を走る頃は気温も少し高くなって3度〜6度程度となりましたので順調に走ることができました。



「また熱が出だしたよ、病院に連れて行った方が良いかも」

 このままつくばの次女宅に向かうと結構早く到着しそうなので、少し寄り道をすることにしました。と言うのも、新東名から首都高を通って常磐道のつくばに行くのがいつものルートですが、今回は新しく開通した圏央道を通ってみたいなと思ったからです。以前より武蔵村山の長男から荷物を受け取る約束をしていたのですが、その荷物が重いため、車で家まで行かねばなりません。以前は上京の折はいつも中央道を通っていましたが、最近は新名神・新東名を利用することが多く、荷物を受け取れないまま今日に至っています。今回がチャンスと思い、長男に連絡を入れ、厚木から圏央道で武蔵村山の長男宅に行きました。久しぶりに、一緒に昼食をとった後、引き続き圏央道に乗ってつくばに向かいました。
 2時間のロスで荷物を受け取ることが出来、ホッとして、次女宅に午後2時ごろ着く予定と電話を入れた所、「熱がまた出だしたので、肺炎化も知れない、病院に連れて行った方が良いと思うよ、病院が閉まる前に来てね」とのことです。折角下がっていた熱がまた出だした、これでは、車の移動は無理かも、肺炎なら入院となりそう、…等々運転をしながら悪いことばかりが頭に浮かんで、次女宅に着くまでは生きている気がしませんでした。ただ、圏央道でのつくば行きは首都高を通らずに済みますので非常に楽でした。これは新しい発見でした。



「すぐに帰りたい!」

 予定より少し早く、午後1時半に次女宅に到着しました。先ずは妻の顔を見たいと思って、寝ている場所に行き、妻の顔を見ました。表情はしんどそうですが、額に手を当てると熱はあまり高く無さそうです。聞くと、38度1分とのこと。この程度の熱は非定型抗酸菌症を妻が患ってからはかなり頻繁に出ていますので、この熱なら動かせるかもしれないと思いました。取り敢えず、妻に受診を進めましたが、全く診察を受ける積りはありません。そして、早くログに帰りたそうです。大げさな話ですが、途中、肺炎云々の電話を貰ってからは、万が一病状が悪化しても、二人で建てたログで最期を送らせてやりたいと思いながら車を走らせましたので、モグジーも動かせるなら少しでも早くログに連れて帰りたいと思っていましたので、次女夫婦と相談した結果、とんぼ返りで連れて帰ることにしました。帰りの天気を調べて貰ったところ雨は降りそうですが雪の心配は、全く無さそうです。1時間かけて車の中に布団を敷くなど出発の準備をし、午後2時半に次女宅を出発しました。



生きているのだろうか?

 時間が早かったため、首都高も渋滞が無く、車は快調に走り2時間後には東名の厚木辺りまで来ていました、取り敢えず、これからは渋滞も心配しないでゆっくり走れそうですのでPAに止まって妻の状態をチェックしました。SPIKEは完全に床が平らになりますので、畳の上と同じような感じで寝られます。毛布を重ねて寝させましたが、運転中に話しかけても全く返事が有りません。いつもは助手席で殆ど寝ているのですが、今回の様に後ろで寝ていると全く様子が分かりません。車を止めて話をしましたが、意識が朦朧としている感じで、何も飲みたくないと言って眼も開けません。ただ、心配していた熱も上っていない様子なのでとにかく少しでも早くログに帰ることにし、車を走らせました。
 モグジーの方は、昨晩11時にログを出て4時間仮眠をとっただけですので、走っているうちに睡魔を感じるようになりました。出来るだけ走っておきたいと頑張った結果、何とか新東名の岡崎まで走ることが出来ましたが、これ以上は無理なので、取り敢えず、1時間だけ仮眠をとりました。その後は強い睡魔にも襲われず午後11時半に無事、ログに帰り着くことができました昨晩11時に出発しましたので、約1日走り続け仮眠を2回取っただけで1400`を無事走りきることができました。ログに着いても車から家まで歩けませんので、久しぶりに抱きかかえて寝室の布団に寝かせました。今は疲れ切った感じで、ログで寝ていますが、心配性のモグジーは妻の状態が急変しないかと気になり、ブログの下書きをしながらしばらく様子を観察することにしました。午前4時頃にはかなり状態も落ち着いてきましたので、モグジーもやっと布団に潜り込みました。
 今回の妻の上京は本当に色々有りましたが、最後は無事にログに連れて帰ることが出来、ホッとしました、ログの自然に包まれ少しずつ元気になってくれることを祈るのみです。それにしても、子供たちには本当に心配を掛けてしまいました
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posted by モグじー at 12:13| 徳島 ☔| Comment(4) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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