2018年02月10日

無事に帰ってきました

「迎えに来て!」

 1月29日に上京し、メイン行事の妻の姉の納骨を翌30日に済ませた後、次女の家に行く途中、気分が悪くなり、体調不良でそのまま寝込んでしまった妻のことはブログでも書きましたが、2月6日に飛行機で帰るのは羽田までの移動が無理なため、キャンセルしました。その後、時間はかかりましたが少しずつ口から物が食べられたり、1日中布団の中で過ごすのではなく、時々は食卓で座れるようになるなど、何とか、フェリーに乗せて貰ったら徳島で迎えに出れば一人で帰れそうになってきましたので10日の夕方にフェリーに乗せて貰う方向で準備を進めてきました。
 ところが、昨日(9日)の昼はまずまず調子が良さそうだった妻が、夜8時ごろのフェイスタイムでは様子がおかしいのにハッとしました。食卓から何も言わないで急に布団に戻って寝てしまったのです。どうしたのか、聞いて貰ったところ坐っているのがしんどくなったとのことです。こんな状態では、明日一人でフェリーに乗せる訳にはいきません。矢張り、モグジーが車で迎えに行った方が良いのではないかと思っていると、すぐに次女から連絡が入り、「ばあちゃん、一人では帰れないのでジーに迎えに来てほしいて言ってるよ」のことでした。


車で迎えに行こう!

 これまでも、上京中に体調を崩し、車で迎えに行ったことが何度かありますが、今回は歳も取って体力も落ちてきていますので、体調を崩しているとの連絡を受けてからは、何度も車で迎えに行くことを考えていました。ただ、モグジー自身が体調を崩していたことも有り、更に、今年は特に寒い日が続いていましたので、雪の中を走ることだけは何としても避けたいと思い、天気予報とにらめっこしながら迎えに行くタイミングを考えていました。万が一の場合も想定してタイヤチェーンを購入し、タイヤの空気圧の調整もして迎えに行く準備も整えていました。予報を見ると、この3連休は全国的に寒波が緩み雨の予報が出ていましたので、フェリーが無理なら3連休中だったら車で迎えに行けると思っていた所での次女から連絡でしたので、迷うことなく車で迎えに行く決断をしました。準備は出来ていますが、問題は何時にログを出発するかです。深夜に山の中を走るのは非常に不安でしたので、できれば10日の朝ログを出発して、夜つくばに付き、一晩寝て11日の朝、つくばを出発して夜ログに帰ってくる旅程を取り敢えず決めて次女に伝えました。



今から出発しよう!

 でも、今回も又、せっかちのモグジーの悪い癖が出てしまいました。ネットで深夜の新名神、新東名沿いの場所の気温を調べた所、0℃以下の予報は殆ど有りません。これだったら深夜も走れるかもしれない、走れなかったらその時点で仮眠をとれば良いと思い、結局、取り敢えず、昨日のブログを簡単に書いた後、改めて車で毛布などを積み込んだりして、昨晩の午後11時にログを出発しました。深夜東京に向け走る場合で心配なのは、草津から亀山までの山越えです。しかし、走ってみると幸いなことに雨や雪は全く降らず、気温もじわじわ下がりましたが最低でも0度までしか下がらず、チェーン規制も無く、無事に新名神を走り抜けることが出来ました。眠くなったら車の中で寝ようと、頑張って走り続けましたが、徐々に睡魔を感じるようになり、これ以上は無理と判断し、新東名の岡崎SAで午前3時ごろ寝ました。目が醒めるとすでに周囲は明るく時計を見ると7時になっており、4時間ぐっすり寝てしまいました。新東名を走る頃は気温も少し高くなって3度〜6度程度となりましたので順調に走ることができました。



「また熱が出だしたよ、病院に連れて行った方が良いかも」

 このままつくばの次女宅に向かうと結構早く到着しそうなので、少し寄り道をすることにしました。と言うのも、新東名から首都高を通って常磐道のつくばに行くのがいつものルートですが、今回は新しく開通した圏央道を通ってみたいなと思ったからです。以前より武蔵村山の長男から荷物を受け取る約束をしていたのですが、その荷物が重いため、車で家まで行かねばなりません。以前は上京の折はいつも中央道を通っていましたが、最近は新名神・新東名を利用することが多く、荷物を受け取れないまま今日に至っています。今回がチャンスと思い、長男に連絡を入れ、厚木から圏央道で武蔵村山の長男宅に行きました。久しぶりに、一緒に昼食をとった後、引き続き圏央道に乗ってつくばに向かいました。
 2時間のロスで荷物を受け取ることが出来、ホッとして、次女宅に午後2時ごろ着く予定と電話を入れた所、「熱がまた出だしたので、肺炎化も知れない、病院に連れて行った方が良いと思うよ、病院が閉まる前に来てね」とのことです。折角下がっていた熱がまた出だした、これでは、車の移動は無理かも、肺炎なら入院となりそう、…等々運転をしながら悪いことばかりが頭に浮かんで、次女宅に着くまでは生きている気がしませんでした。ただ、圏央道でのつくば行きは首都高を通らずに済みますので非常に楽でした。これは新しい発見でした。



「すぐに帰りたい!」

 予定より少し早く、午後1時半に次女宅に到着しました。先ずは妻の顔を見たいと思って、寝ている場所に行き、妻の顔を見ました。表情はしんどそうですが、額に手を当てると熱はあまり高く無さそうです。聞くと、38度1分とのこと。この程度の熱は非定型抗酸菌症を妻が患ってからはかなり頻繁に出ていますので、この熱なら動かせるかもしれないと思いました。取り敢えず、妻に受診を進めましたが、全く診察を受ける積りはありません。そして、早くログに帰りたそうです。大げさな話ですが、途中、肺炎云々の電話を貰ってからは、万が一病状が悪化しても、二人で建てたログで最期を送らせてやりたいと思いながら車を走らせましたので、モグジーも動かせるなら少しでも早くログに連れて帰りたいと思っていましたので、次女夫婦と相談した結果、とんぼ返りで連れて帰ることにしました。帰りの天気を調べて貰ったところ雨は降りそうですが雪の心配は、全く無さそうです。1時間かけて車の中に布団を敷くなど出発の準備をし、午後2時半に次女宅を出発しました。



生きているのだろうか?

 時間が早かったため、首都高も渋滞が無く、車は快調に走り2時間後には東名の厚木辺りまで来ていました、取り敢えず、これからは渋滞も心配しないでゆっくり走れそうですのでPAに止まって妻の状態をチェックしました。SPIKEは完全に床が平らになりますので、畳の上と同じような感じで寝られます。毛布を重ねて寝させましたが、運転中に話しかけても全く返事が有りません。いつもは助手席で殆ど寝ているのですが、今回の様に後ろで寝ていると全く様子が分かりません。車を止めて話をしましたが、意識が朦朧としている感じで、何も飲みたくないと言って眼も開けません。ただ、心配していた熱も上っていない様子なのでとにかく少しでも早くログに帰ることにし、車を走らせました。
 モグジーの方は、昨晩11時にログを出て4時間仮眠をとっただけですので、走っているうちに睡魔を感じるようになりました。出来るだけ走っておきたいと頑張った結果、何とか新東名の岡崎まで走ることが出来ましたが、これ以上は無理なので、取り敢えず、1時間だけ仮眠をとりました。その後は強い睡魔にも襲われず午後11時半に無事、ログに帰り着くことができました昨晩11時に出発しましたので、約1日走り続け仮眠を2回取っただけで1400`を無事走りきることができました。ログに着いても車から家まで歩けませんので、久しぶりに抱きかかえて寝室の布団に寝かせました。今は疲れ切った感じで、ログで寝ていますが、心配性のモグジーは妻の状態が急変しないかと気になり、ブログの下書きをしながらしばらく様子を観察することにしました。午前4時頃にはかなり状態も落ち着いてきましたので、モグジーもやっと布団に潜り込みました。
 今回の妻の上京は本当に色々有りましたが、最後は無事にログに連れて帰ることが出来、ホッとしました、ログの自然に包まれ少しずつ元気になってくれることを祈るのみです。それにしても、子供たちには本当に心配を掛けてしまいました
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posted by モグじー at 12:13| 徳島 ☔| Comment(4) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月26日

進水は昨日で良かった!

この冬で一番の寒さ

 昨日は最低気温がマイナス1度でしたが、今日の最低気温は1度でした。今日の気温だけを見ればこの冬一番の寒さとは思われませんが、1日を終えてみると体感的にはこの冬一番の寒さでした。なぜ、今日の寒さをこの冬一番の寒さと感じたのか、それは殆ど日が射さなかったからだと思います。ログの場合は北西方向に大学の森が有って冷たい季節風がそれほど強く身体に当りませんので、風の冷たさをそれほど身体が感じません。冷たい季節風が吹いていても、お日様が照っていれば結構過ごし良いのです。特にログのサンルームは温室状態で昼間は暖房が必要ないぐらいです。しかし、今日は殆ど1日中雪が舞っていました。勿論、積もるような雪ではありませんが、厳しい寒さを象徴するような雪の舞う姿でした。
 なぜ、この様なことを書くかと言えば、もし、今日桟橋の進水をしていたら大変な目に会っていたと思うからです。昨日は殆ど1日中晴れていましたので、色々と水を扱う作業をしていても、気温の割には寒さを感じませんでした。ただ、夕方の4時を過ぎた頃から作業をしている場所が日陰となり、作業をしていると手足が冷たくて大変でした。5時頃作業を終えた時は手足が冷え切って感覚が無いぐらいでした。もし、今日、進水作業をしていたら、作業を始める時から全身に寒さを感じ、手足が冷たくて午前中でギブアップしていたのではないかと思います。とにかく、昨日、進水作業が出来本当に良かったと思います。
 この2日間、前日の予報はそれほど違っていなかったのに、日照状況によって実際に感じる寒さは大きく異なることを今回の作業で大いに学ばさせて貰いました。



今日は1日室内で子守を!

 実は以前から、1月26日は所用が有るので子守をしてほしいと長女から頼まれていました。そのために、桟橋の進水作業を何とか25日のうちに済ませておきたいと思って作業を急ぎ、AさんやSさんのお力添えも有って無事に昨日のうちに作業を終えることが出来ました。今日は午前10時ごろから室内でずっと子守をしましたが、窓の外に見える舞う雪を見ては、昨日が進水で良かったと何度も思いました。



桟橋は無事でした!

 昨日設置した桟橋ですが、今朝チェックしたところ無事に浮いていました。仮のブリッジも海に落ち込むことなく掛かっていましたので一安心です。昨日桟橋の設置が終わって、隣の桟橋に留めていた船をモグジーの桟橋に戻しましたが、船もきちんと係留されていました。後はブリッジを作らなければなりませんが、こちらの方も材料はそろっていますので、焦らず、ボチボチ作業を進めて行こうと思っています。
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posted by モグじー at 22:35| 徳島 ☀| Comment(0) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

ブイの清掃

ブイのカバーを外す

 昨日、桟橋に取り付けていたブイを取外しましたが、今日はそのブイをきれいにする作業をしました。使用している発泡スチロール製のブイは円筒形で直径が56a長さ90aで浮力は200`です。桟橋には6個ほど取り付けていましたので全体で浮力は1200`有りますが、実際に海水に浸かっているのは、体積で言えば四分の一程度ではないかと思います。発泡スチロール製のブイには黒のビニールのカバーが取り付けられていますが、カバーには貝やフジツボなどがビッシリ付いています。これらの汚れをきれいに削り落とす必要があります。刃物などを使うとカバーを切ってしまう可能性が有りますので、ステンレス製のフライ返しを使いました。このフライ返しは縁が丸みを帯びている為、下地を傷つけることが有りませんので、船の船底掃除などでも使っています。このフライ返しの大活躍で9割近くの汚れを落とすことが出来ました。汚れを落とした後、黒いカバーを外しました。中からきれいな発砲スチロールが出てきましたが、海水に浸かっていた部分だけは、劣化はしていませんが茶色の汚れが滲み込んでいました。
 但し、自分でカバーを取り付けた2個のブイは、黒のビニールのカバーが破れ、中の発泡スチロールもかなり傷んでいました。特に1個は再利用できない位、発泡スチロールの部分が傷んでいました。

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 この様にブイの表面には貝やフジツボや藻などがビッシリ付いています


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 フライ返しを使ってブイのカバーに付着した、貝やフジツボなどを丁寧に削り取りました


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 カバーに付着した汚れを取った後、お日様に当てて乾燥させました、手前の4個が既製品のブイです


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 下段の4個の既製品のブイは発泡スチロールの部分は殆ど傷んでいません。上段の2個の発泡スチロールはカバーも破れ、中の発泡スチロールもかなり傷んでいました



 どのようにして土台を組むか

 今回の修理で、桟橋はブイの発泡スチロールが10年を超えるとかなり傷むことと、桟橋のデッキ板の部分が短期間で腐ること、また、デッキ板の下に有る根太もかなり早いうちに傷んでしまうことが判明しました。出来るだけ長期間持たせるためにはどうすれば良いのか色々と考えました。そこで、改修にあたって、デッキ板は丈夫なものを使う、幸いにも足場板を入手できましたので、デッキ板としてその足場板を使う、ただし、足場板の長さが330aしかない為、桟橋を1b短くしなければなりません。船が小さいので、桟橋は1b短くなっても問題はないと思います。
 腐りやすいところの構造を工夫する。デッキ板と根太が接している場所の傷みが特に激しかったので、デッキ板と根太の間に水が貯まらない様な工夫をしようと思います。平面と平面が重なることは出来るだけ避けたいと思います。色々と頭の中で考えてきましたが、いくつかのアイデアが浮かんできましたので、明日から具体的に作業を進め、作業をしながら工夫を重ねていきたいと思います。



4ヶ月ぶりの散髪

 今日は、徳島の娘が遊びに来ていましたので、髪を切って貰いました。前回は9月1日に娘に髪を切って貰いましたので、モグジーのペースで言えば半年後の2月まで大丈夫と思っていましたが、見ている側は気になるようで、年末に髪を切ろうかと何度も娘に言われましたが、年末のモグジーは忙しくてとても髪を切ってもらう時間が有りませんので断っていたのです。今日は髪を切る時間が有りましたので素直にお願いしました。こうして娘に髪を切って貰えるのはとてもありがたいことです。
 今日は猛烈な寒波も和らぎ、小春日和の様な暖かさでしたので、デッキにイスを置いて髪を切って貰いましたが、自然に囲まれた中で髪を切って貰うのもなかなか気持ち良いものでした。娘は仕事が早いので20分余りで髪切りも終わりましたが、いつ見ても綺麗に髪が整えられています。
 では、before after をどうぞ

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 髪を切る前の後ろ姿です、結構白いものが目立つようになってきました


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 今回は間隔が4ヶ月半なので、それほど見苦しくは有りません(と言ったら怒られそう)


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 髪を切り終わった後のモグジーの後ろ姿です、白いものはあまり目立ちませんが、頭頂が少し薄くなったかも


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 髪を切り終ったモグジーの横顔です、目の辺りシワが増えてきました、72歳ですから仕方ないかな…
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posted by モグじー at 23:04| 徳島 🌁| Comment(2) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

桃子がおかしい

今日は桃太の剪定を!

 昨日に引き続き今日は桃太の剪定をしました。枝の剪定は桃太の方も昨日の桃子と同様の剪定をしましたが、モモシンクイムシ駆除のための皮削りは桃太の方は保留することとしています。桃子の状態を2.3年経過観察してからの方が安心ですので。桃太の方の剪定は目立ったトラブルもなく進めることが出来ましたが、2本のモモの樹を剪定して意外なことに気付きました。桃太の方は専門店で購入した苗木を2007年に植えましたが、桃子の方は2年後の2009年にホームセンターで購入した苗木を植えました。最初の数年は桃太の方が生育が早く、収穫も桃太の方が多かったのですが、数が経つに従って桃子の生育スピードが桃太を越え、いつの間にか桃子の方が樹が大きくなりました。そして、収穫量も桃子の方が多くなりました。何が原因でそのような差が生まれたのかモグジーには分かりませんが、とにかく値段が三分の一の苗木の方が成績が良かったのです。ところが、昨年は何故か勢いが逆転して桃子の生育は良くありませんでした。その原因が今回の剪定で分かりました。

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桃子の方は幹の根元部分を中心に、樹皮が浮いているところはグラインダーで削って浮いた樹皮を取り除きました


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桃太の方は、桃子の経過を見てから考えることにしました



桃子の枝に虫の穴が!

 昨日、桃子の方は樹皮をきれいにするため、グラインダーで色々な場所を削っていたら、太い枝の分かれ目の所では数個の穴が見つかりました。枝分かれした片方の枝の先には更に穴が見つかり、枝全体が勢いが無く、先端の細い枝は殆どが枯れていました。明らかに枝の分かれ目で虫が入り、内部を食い荒らしたため、樹液等が流れにくくなり勢いが落ちてしまったようです。虫が入ったのは穴の感じからして2.3年前の様に思えますので、桃子の樹勢が落ちた時と重なるように思います。虫の被害がこれ以上樹全体に広がらない様何らかの処置をしなければなりません。
 それに引き替え、桃太の方は虫が入った痕跡は見当たりませんでした。虫の影響で桃子と桃太の樹勢が逆転したのではないかと思います。実際に桃太の剪定をしたところ、桃子の方に枯れたり、勢いが無くなった枝が多くありました。

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 桃子の方の太い枝の分かれ目の所に、虫の穴が見つかりました。かなり虫に食われています

   
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 これが昨日桃子を剪定した時に切り落とした枝の山です、太めの枝を何本か切りました


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 これが今日桃太を剪定した時に切り落とした枝の山です、桃子の時と余り変わりません


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 剪定を終えた桃子の方の枝ぶりです、かなり枝がまばらです


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 剪定を終えた桃太の方の枝ぶりです。桃子よりは徒長枝が沢山付いています


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 桃子の樹の徒長枝を中心に撮影しました、以前に比べ枝が減っています


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 桃太の方の徒長枝を写した写真です、桃子に比べると勢いが有ります。2枚の写真を比べても桃太の方が元気そうに見えます
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posted by モグじー at 22:37| 徳島 ☀| Comment(0) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

再度フォーラムに付いて

「ジー 何の夢を見ていたの?」

 今朝起きると、妻から「ジーは何の夢を見ていたの、突然大きな声で何か喋り出したり、横の物入れの戸を叩いたりして、今朝起きたら物入れの戸が開いていたよ」と言われました。モグジーはとっさに夢の内容を思い出し、大声で叫んだこと、手で叩いたときの場面を思い出しました。


音声原稿が送られてきました

 昨年6月24日に大阪で行われた「ハンセン病のフォーラム」に対してモグジーはずっと吹っ切ることのできない疑問を持ったまま悶々としていました。フォーラムが問題点を提起できないまま終わり、その責任の一端がモグジーに在ると思っていたからです。3時間に及ぶそのフォーラムの音声原稿が先日、仲間から送られてきて、音声原稿の中のモグジーの発言に間違いがないかチェックして欲しいとの文章が添えられていました。昨晩、ブログを書き終えた後、早速、目を通しました。3時間ものフォーラムのテープを文字化するのは大変な作業だったと思います。原稿はA4の用紙47枚にビッシリと印刷されていました

 ざーと目を通すだけでも1時間かかりました。先ず、目を通した後、次は丁寧に読み始めました、この耳で聞いて理解できていたと思っていたことが、意外と正確に理解できていなかったことに先ずびっくりしました。特に樹木希林さんの発言内容は、文章で読むと伝わり方が全く異なりました。笑いの中で聞いた言葉が文章で読むとずっしりと堪えてくるのです。漫談を聞いているように面白おかしく耳に入ってきた言葉は文字化して何度も読み返してみると深いものが伝わってくるのです。それとは反対にモグジーが語ったことは文字化されると本当に内容に乏しく、何を伝えたかったのか、自分でも分からない位のもので、恥ずかしさで一杯となりました。矢張り、モグジー自身の表現力、物を伝える力の無さをいやと言うほど見せつけられました。



「誰でも淋しいのです!」

 フォーラムでモグジーが、国のハンセン病撲滅政策の結果、療養所の入所者は激減し取り残された入所者はどうしようもない淋しさに襲われていると発言した時、希林さんから「皆、淋しいんです」と返され、それは違うと思いながら何も言えなかった自分自身を例えようもなく情けなく思い落ち込みました。それからは、会場で希林さんが色々と語り、会場は笑いの渦が出来ているのに、殆ど希林さんの思いはモグジーに伝わって来ませんでした。入所者に「どうしようもないほど淋しい」と言われたとき、モグジーには「皆、誰も淋しいのです」とはとても返せないと思ってきました。でも、文字化されたフォーラムでの希林さんの言葉を何度も読んでいくうちに、気が付いてきました。「皆淋しいのです」と言う言葉の中にどんなメッセージを込めているのか、それを伝えきれるのかと言うことが大切なのではないかと。これまでずっと「皆淋しいのです」と言う言葉だけがモグジーの頭の中で独り歩きをしていたのです。



徳永さんとの距離

 フォーラムが終わってから、ずっと、希林さんの語りに違和感を持ち続け、それは、徳永進さんへの違和感へとつながっていきました。徳永さんはワークキャンプの仲間と言うより、モグジーにとっては到底追いつくことのできない遠い存在でした。大島青松園は正にターミナルケアの場所であり、最期までどうかかわり続けるのかと言うことは最大の課題となっていました。そこで大島青松園で働いている看護婦・看護師を対象とした研修会に徳永さんに来ていただきターミナルケアについて話をして貰いました。ターミナルケアで最期を看取られた何人もの患者さんの話を聞かせて戴きましたが、起こっている事実はとても深刻なものなのに、思わず笑ってしまうほどの豊かな表現で話して下さいました。

 大島青松園で沢山の入所者に最期まで関わってきたモグジーも研修会等で療養所で関わり最期を見送った方々の話をする機会が良くありましたが、皆さんモグジーの話を聞いて涙を流されますが笑われることは有りません。この違いは何なのでしょうか。モグジーは深刻で悲しい状況をそのまま伝えるだけです。でも、実際には、入所者の皆さんは深刻で辛い状況の中で生きておられますが、泣いて下ばかり向いていては生きていけません、思わず笑うことだってたくさんあります、その中で驚くほど豊かに生きておられます。しかし、モグジーにはその姿を伝え切る力が無いのです。



こんなやり取りがいいのよね

 フォーラムの記録の中に、徳永さんがアンケートの集計結果を発表している時、会場から数字言うたって面白くもないと批判の声が上がりました。その時、徳永さんが笑顔でハイハイと対応される場面が有りましたが、希林さんは「こんなやり取りがいいのよね」と後で言われました。モグジーが司会だったら、こんな場面に出くわすと、緊張してしどろもどろになるのですが、徳永さんが笑いながら対応されていました。この奥深さは何なのでしょうか、この事は何でもない事の様でとても大切なことだと思うのです。



こちらまで深刻になってどうするの!

 ケースワーカーの場合、相手から「私、どうしようもなく淋しいんです」と言われると、「そうですね、どうしようもなく淋しいのですね」と先ず相手の気持ちを受け入れたところから進めていきますが、こんな場合、こちらもしんどくなって、言葉に詰まってしまいます。徳永さんだったらこんな場合、どんな答えをするのかなと思います。ただ言えるのは徳永さんの場合は思いきりにこやかな顔をして笑い飛ばすのかな…。そして希林さんも笑い飛ばすように「誰も皆寂しいのよ」と言うのかなと。
 この、徳永さんとモグジーとの決定的な違いは、どうしようもないほど致命的です。どうすればこんなやり取りが出来るのでしょうか。それを考えると、モグジーは絶望的になります。人間性そのものではないかと…



でも、少し元気が出ました

 フォーラムの音声原稿を見て、モグジーは少し元気になってきました。文字化されたものを読めば何か伝わる物が有るのではないかと。希林さんや徳永さんに対する違和感もなくなりました。モグジーの課題もはっきりしてきました、「どうしようもなく淋しい」と言われるKさんに、「毎朝早くお迎えに来て欲しいとお願いしているの」と言われるYさんに、そして、共通の話題で楽しく話が出来ていたのに、合併症で本当に不自由になられ話しかけても返事のないNさんに、これまでの様に、こちらまで落ち込んでしまってはいけない、少なくともモグジーは元気で明るくならないと…と言うことは少しわかるようになってきました。



嬉しくて夢の中に

 フォーラムの記録を見て少し元気になり、布団に入っても、色々と考えました。大島青松園で出会った方々のことを思い浮かべ、モグジーにとってどれだけ大島青松園がかけがいのない存在であるかを再認識させられました。よし、生きている限りは大島青松園に通おうと思いました。そしたら早速夢を見てしまったようです。20年もたっているのに、島に戻って仕事をしているのです。とっくの昔に亡くなられた入所者の方が、モグジーの顔を見て、思い出して下さり、モグジーも嬉しくなって大きな声で話し掛け、その方の肩を叩いていました。その大声が口から出たり、手で布団の横の物入れを叩いたりしたのだと思います。妻がのその声にびっくりし、手で物入れを叩いているのに驚いたのではないかと思います。でも、この夢はとても嬉しい夢でした。
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posted by モグじー at 21:46| 徳島 ☀| Comment(2) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月11日

モモの剪定

小雪が舞う中で

 今日は朝から良く晴れていますが、外を見るとうっすら屋根に白いものが見え、どうやら夜中に雪が降ったようです。部屋の温度もこの冬最低の11度でした。今日はモモの剪定を考えていましたが、この寒さでは無理かなと思いつつ朝食をとりました。ゆっくりと朝食を楽しんだ後、外に出てみると、心配していた風も無く意外と暖かかったので剪定作業は予定通りすることに決めました。今回から、切り上げ剪定をするつもりですが、その要領を忘れてしまったため、先ずはネットで切り上げ剪定の記事をいくつか読み、大体の要領を頭に入れて外に出ました。

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 土の上に降った雪は殆ど消えていましたが、大根の葉の上の雪は少し残っていました


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 自動車のボンネットの上の雪は、陽が当らない場所なのでボンネットの鉄板が低温のままだったのか雪はかなり残っていました。1aの積雪は有りそうです(雪国の方に笑われそうですが…)



先ずは皮削りを

 昨年のモモの生育は、取り敢えず順調でしたが、収穫前にモモシンクイムシが大発生して、半数のモモが被害を受けました。その時に、モモシンクイムシ対策を色々と調べましたが、基本的には農薬散布をするように書かれています。無農薬でモモを育てるためには、秋からモモの幹や枝で越冬している幼虫をやっつけなければなりません。薬は使えませんので、幹や枝の表皮の割れ目に潜んでいる幼虫(繭)をやっつけるしか有りません。具体的には皮むきをすることになります。その作業を先にしてから枝の切り上げ剪定をすることにしました。幹の皮むきは高圧洗浄機で行うのが理想的ですので、ログに有る高圧洗浄機で試してみた所、残念ながら圧力が弱いのか割れた表皮を剥がすことはできませんでした。高圧洗浄機が使えない場合は、グラインダーを使って皮を削ることも想定して、年末に、その目的に使えるディスクも購入しておきましたので、そのディスクをグラインダーに取り付けて作業を始めました。グラインダーを使うと面白いように皮は削れますが、この事で樹がどれだけのダメージを受けるのか分かりませんので不安を抱えつつ作業を進めました。
 又、今までは枝を切る時にいい加減な切り方をしていましたが、枝を切る時はギリギリの位置で切る方が樹のために良いということを知り、これまでに切った枝も枝の元で切り直しをしました。

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 ホームセンターでこのディスクを見つけましたので購入しておきました


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 幹の根元の部分です、樹皮が割れてモモシンクイムシの棲家が沢山出来ています


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 グラインダーで削るとこのように表面がきれいになりますが、樹にとってはどうなのか気になります



切り上げ剪定

 昨年、ネットで切り上げ剪定を知り、関連の記事を色々と読んでみました。切り上げ剪定は植物の生態を基本にして無農薬・無肥料で果樹や野菜を栽培する農法で用いられる剪定法です。読んでみるとモグジーにとっては納得できることが多く、できればこの方法で果樹や野菜を育てたいと思うようになりました。昨年から少しずつ基本的なことを取り入れ始めましたが、剪定を「切り上げ剪定法」で本格的にするのは今回が初めてです。今までの剪定法とは全く逆の方法ですので、一気に剪定方法を変えると樹にとっては影響が大きすぎると思い、少しずつ変えていくことにしました。
 これまでの剪定法は育てる側の都合が優先であったため、高く伸びる徒長枝は真っ先に切っていましたが、切り上げ剪定では成長が著しい徒長枝は残して横に伸びる枝を切って行きます。そこで、今日は横に伸びている枝を中心に切って行きましたが、確かに、横に伸びる枝は勢いが無く枯れている枝もかなりありました。そこで、横に伸びて枯れている枝は真っ先に切って行きました。問題は横に伸びている元気な枝の扱いです。最終的には横に伸びた元気な枝の内三分の一程度の枝を切ることにしました。後は今後の成長具合を見ながら調整しようと思います。
 剪定作業を続けていると、午後3時ごろから小雪が降り始め、気温がドンドン下がっていきました。作業を継続しようにも手が冷たくて、剪定ばさみが思うように動かせません。しばらくは頑張りましたが、まだ、桃太の方は全く手を付けておらず、明日も同じような作業をしますので、無理をせず4時前に剪定作業を中断しました。

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 横に伸びている枝は半分ぐらい枯れていました。矢張り勢いが無いのかも知れません

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posted by モグじー at 21:01| 徳島 ☁| Comment(0) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

素晴らしいクリスマスイヴ

何とか準備もできました

 昨日の晩7時20分着の飛行機で次女と二人の孫が帰ってきました。これから1月8日まで孫達との楽しい毎日が続きます。今日は早速、関西方面に一緒に出掛けますが、5軒のお宅を訪問する予定ですので、早めに出発しなければなりません。眠たそうでしたが6時半に起きて貰い7時にログを出発しました。今回も、ミカンと昨日焼いたパン、そして、一昨日名人のSさんに戴いた魚を持って行きます。ミカンはチェックを終え1軒ごとに箱に入れ、昨日焼いたパンも一軒ごとに袋に入れていますが、魚の方は調理する時間が無かったため、鱗と内臓だけ取った状態で冷蔵保存しています。魚は最初に訪問するYさん宅で孫たちが一緒に遊んでいる間に調理をさせて戴こうと思い包丁も入れておきました。車に持って行くものを全て積み込み、予定通りログを7時過ぎに出発しました。



大富豪は超人気です

 日曜日ですので高速道路は混雑もなく、車は流れ2時間後の9時過ぎに西成区のYさん宅に到着しました。ミカンやパンやお渡しするととても喜んで貰えました。妻や次女たちはYさんと色々と積もる話をしていましたが、話が一段落すると早速、トランプで大富豪を始めました。モグジーは台所を借りて鯛やハマチを刺身に調理したり冷凍したアオリイカから刺身を作る作業をしましたが、鯛が5匹、ハマチが2匹、アオリイカが1匹居りましたので魚の調理を終えるのに3時間余りかかってしまいました。モグジーの調理が終わるまでの孫たちはYさん達に相手をして貰って大富豪を思いきり楽しんでいましたが、いつもは大貧民役のモグジーが調理で抜けていた為、全員が変わりばんこに大貧民となり何度も悲鳴が上っていました。モグジーの調理も終わり刺身の用意も出来ましたので、昼食となりましたが、鳴門から持参のハマチの刺身が特に好評でした。Yさんは、「普段はハマチは臭いがするので食べないけど、このハマチは全く臭わないので、物凄く美味しい、」ととても喜んで貰えました。矢張り、養殖物のハマチと天然のハマチの違いでしょうか。モグジー達は鳴門のハマチしか食べていませんので、すっかり、それが当たり前と思い、天然の海の幸に感謝するのを忘れているようです。感謝の気持ちを持ちながら食べないと罰が当たりそうです。

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 鯛とハマチとアオリイカの刺身を堪能してもらいました。



又もや大失敗を!

   今回は1日で5軒のお宅を訪問する予定ですので、普段よりは訪問時間を短めにしなければなりません。午後1時になったので慌ててYさん宅をお邪魔し次の訪問先である摂津市のMさん宅に向かいました。Yさん宅に到着するまでは道路は全く混んでいませんでしたので、日曜日に大阪に来て良かったと思っていたのですが、Yさん宅を出ていつものコースで市街地を通っていると難波付近で大渋滞に巻き込まれました。クリスマスイブに難波付近がこれほど大混雑になるなんて全く知りませんでした。大渋滞でイライラしているところにYさんから電話が入りました。「冷蔵庫に沢山の刺身が残っていますよ」と。一瞬、心臓が止まりそうでした。Yさん宅で魚を調理している時、刺身用に切り身の短冊を沢山作ったのですがそれを大きなトレーに並べて冷蔵庫に入れていたのを忘れてしまったのです。これが無かったらお刺身を皆さんに食べて貰えません。慌ててハンドルを引き返す為に戻しました。ところが、難波付近は大渋滞で殆ど車は動かず、結局Yさん宅に戻るのに1時間以上かかってしまいました。次のMさん宅には2時過ぎにお邪魔する旨、電話を入れていたのですが、このまま一般道を通っていたら4時近くになってしまいます、そこで思い切って阪神高速を使うことにしました。阪神高速も渋滞がひどかったのですが、渋滞の原因は難波付近の混雑であって難波を過ぎると嘘のように車が走り何とか3時前にMさん宅に到着できました



短時間の訪問に

 予定より随分遅れていますので、Mさん宅ではプレゼントを渡すだけで、失礼させて戴き、次の高槻市上牧のAさん宅に向かいました、ナビは到着時間を3時半と示していましたが、見事に、車は3時半にAさん宅に到着しました。Aさん宅では、刺身用の短冊を切ったりする用事が有りましたので、家に上らせて貰い、刺身作りをしました。Aさん宅では1時間ばかりお邪魔し、次の訪問先である神戸市六甲に在る従弟のTさん宅に向かいました。Aさん宅を出発した時から雨が降り始め、名神高速道路ではフロントガラスが曇って運転し辛くなりましたが、何とか、エアコンで曇を取り、午後6時に到着できました。昨年は12月25日にTさん宅を訪問し、クエリスマスパーティーに参加させて貰いましたが、今年はご迷惑なのでプレゼントだけ置いて帰りますと伝えたのですが、今年は24日にパーティーを予定しているので是非参加してくださいと声を掛けられ、孫たちもきっと大喜びすると思い遠慮なく参加させて貰うことにしました。
 モグジーはFさん宅に着くとすぐに魚の調理を始めました。鯛とハマチはすでに短冊にしておりますが、アオリイカは冷凍した物を又捌きますので結構時間が掛かりましたが、パーティーが始まるまでに何とか3皿の刺身を仕上げることができました。孫たちはFさん宅のお孫さんと一緒にクリスマスケーキのデコレーションをするなど仲良くお手伝いをしていたようです。



素晴らしいトトロの家です

 今年のクリスマスパーティーはTさんが住んでいるマンションの2軒隣に在る次女のMちゃん宅でするとのことです。昨年も見せて戴きましたが、Mちゃん宅はトトロのデコレーションが素晴らしい家です。一般家庭でここまで凝るのはとても珍しいと思うほど素晴らしいのです。玄関を入ったところからトトロの世界が始まりトイレの中までトトロの世界が続いています。昨年は初めて見せて貰い絶句しましたが、今年も改めてびっくりさせられました。準備に時間が掛かった為、パーティーは7時から9時まで続きましたが、大変な時間を掛けて仕上げられた見事な料理はどれもこれも美味しくて、ログのおもてなしも完敗です。モグジーの刺身もテーブルに並びましたが、この席でも、ハマチの刺身が美味しいととても喜んで貰えました。Yさんと同様にハマチ独特の臭みが無くてとても美味しいと言われましたが、二人の方から同じ言葉を掛けられるとは、本当に、そうなのかなと思いました。最後に、Fさんの奥さんに讃美歌の「きよしこの夜」を独唱して戴きましたが、今でも2つの合唱団で活躍されているだけあってとても素晴らしい唄を聞かせて戴くことができました。唄が終わるとケーキにローソクを灯した後、カットしたケーキをよばれましたが、孫たちがデコレーションしたクリスマスケーキはを、食べるのが勿体無いほどの綺麗なケーキで、美味しさも抜群でした

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 玄関のドアを開けるとトトロの世界は始まります、本当に別世界に紛れ込んだ気持ちになります


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 あちこちにトトロの世界がデコレーションされていて、夢の世界です


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 テレビもこんな感じにデコレートされています、とにかく全てがトトロの世界になっています


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 主会場はツリーも飾られ、トトロたちに圧倒される感じです、孫のツーショットを撮らせて戴きました


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 メインテーブルの上に並べられたおご馳走の数々です、これだけの料理を作るには大変な手間がかかったと思われます、このテーブルに7名の大人が座りました


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 子供たち用のテーブルです、このテーブルを4名の子供達が囲みました


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 ケーキが3つも並びました、真ん中のフルーツが沢山盛られたケーキが孫たちの力作です


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 Fさんの奥さんの見事な「きよしこの夜」の独唱が終わった後、楽しいケーキを食べる時間となり、皆の顔がほころんでいます



Oさん達にもプレゼントを渡すだけに

 Fさん宅を9時過ぎに出発すると、次の訪問先である、王子公園横のOさん宅には向かって車を走らせ、Oさん宅には、9時前半に到着しましたが、とても家の中に入れて戴く時間は無く、申し訳なかったのですが、プレゼントを渡すことしかできませんでした。でも、元気そうなOさんの二人の娘さんのお顔を拝見でき、とても嬉しく思いました。
 Oさんと別れた後は雨の中をログを目指して走りましたが、矢張り、フロントガラスが曇って運転し辛い旅となりました。ログには11時15分に無事帰れましたが、勿論二人の孫は夢の中でした。昨日の夜、ログに帰ってきて翌日にはこの強行軍、孫達には大変な日程だったと思いますが、とにかく何事もなく無事に関西への旅を無事に終えることが出来ホッとしました。
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posted by モグじー at 02:18| 徳島 ☀| Comment(2) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月22日

パン生地作り

お土産用のパンを焼こう

 昨日八幡浜にミカンを貰いに行きましたが、毎年、ミカンが入手できると、そのミカンを届けに大阪に行きます。その時にパンも焼いて持って行きますが、パンの在庫が有りませんので早急にパンを焼くことにしました。一番早いのは、今日生地作りをして明日石窯でパンを焼く日程です。ただ、パン焼きに付いて色々と勉強していると、今のモグジーのパンは生地作りの段階でも色々と問題が有ります。特に冬場のパン作りでは、寒い季節の温度環境がもろに影響して醗酵が不十分の様です。そこで、醗酵時間を長く取ると共に、生地の温度チェックもきちんとすることにしました。醗酵時間を長くするため、今回は生地作りの前夜に浸水作業をし、翌朝にハード系のパンの生地を捏ねることに決めました。具体的には、昨日八幡浜から帰ってミカンコンテナをデッキに運んだ後、午後9時から小麦粉と水を混ぜる浸水作業をしました。そして、今日は朝食を終えると昨夜小麦粉と水を混ぜたものを使ってバゲット3窯分とリュスティック3窯分の生地を捏ねました



1窯分の量を減らそう!

 又、ハード系のパン生地の量を減らすことにしました。最初の頃はずっと1窯当たり800cの小麦粉を使って生地作りをしていました。この場合は1窯で6本のバゲットが焼けます。そして、1日に15窯のパンを焼いていました。大量のパンを長時間かかって焼いていた為、パンを焼き終わった後は疲れ切っていました。これでは体力が持ちませんので徐々に窯数を減らして今は10窯にしています。しかし、窯数を減らす時1窯で使う小麦粉の量を1000cに増やしました。その結果7本のバゲットが焼けていたのですが、1本増えたことによりバゲットの間隔が狭くなり、バゲットの両サイドに十分に火があたらない為、両サイドの焼きが甘くなっていました。美味しいパンを焼くため、昔と同じように小麦粉の量を800cとしバゲットを昔の6本に戻しました。



温度チェックも入念に

 今日は午前9時から午後1時までに、バゲット3窯分とリュスティック3窯分の生地を捏ねましたが、生地が捏ねあがって醗酵器の中で予備発酵させる時に生地温度を21度にし、20分おきにパンチをして、冷蔵庫に入れる前の生地の温度を出来るだけ24度近くにしました。最近はこの生地の温度のチェックを怠っていた為、特に、生地の膨らみが悪かったのだと思います。
 午後、8時からは食パンの生地作りをしましたが、今回、生地を捏ね終った時の生地温度を測ったところ17度しか有りませんでした。前回はこの生地を30分間だけ醗酵器に入れその後冷蔵庫に入れた為、殆ど醗酵が進んでいなかったと思います。そこで、冷蔵庫に入れる前の生地温度が22度になるまで生地を醗酵器の中に入れましたが、生地の温度を5度上げるのに1時間以上かかっていました。夏場は高温のため醗酵が進み過ぎ生地が容器から溢れることも度々ありましたが、冬は低温のため醗酵が足りなくなるので大変です。その点、春と秋は適温で生地作りは容易になります。醗酵は温度に大きく左右されるため、パン屋さんでは空調機を使って年中作業室が一定の温度となるようにされています。



「今日は死にかけた!」

 24日にミカンとパンを持って大阪に行きますが、できれば魚も持って行きたいと思い、今日の生地作りの合間に鯛釣りに行く計画を立てていました。もし、鯛が釣れなくても、名人のSさんが今日も釣りに出かけているので、少し、魚を回して貰えるようお願いしようと思っていたら、珍しくお昼頃Sさんの船が帰ってきました。絶好の釣り日和なのに、こんなに早く帰って来るなんて、どうしてだろうか、全く釣れていないのだろうかと気になりました。しばらくして、デッキでSさんの声がします。明日、孫たちが帰ってきますが、それを覚えておられたのか「お孫さんに食べさせてあげてください」と言ってハマチ2匹と鯛を5匹持って来て下さいました。これで、明日、孫にも刺身を食べさせてやれますし、大阪のお土産に刺身を持って行けます。モグジーはハマチと鯛が入手でき大喜びとなりました。
 今日の釣りに話しをしていると、突然さんが「今日は死にかけた!」と言われました。聞くと、今日お昼ゼンサで釣りをしていて漁船に衝突されたとのことです。幸いにも直前に漁船に気付いたSさんが船を動かすことが出来たので大事には至らなかったそうですが、スパンカー等が傷んだため釣りを止めてマリーナに帰って来たとのことです。漁師は太陽が目に入って分からなかったと言ったそうですが、多分前を見ていなかったのだと思います。つい最近鳴門で死亡事故が有ったというのに、漁師は前方不注意を問題とは思っていないのでしょうか。漁船と釣り船が衝突したら大きな被害を受けるのは釣り船ですので、何とかしてほしいと思います。とにかく、Sさんが無事でホッとしました。

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 こんなに沢山の魚をSさんに戴きました、これで、孫と大阪の友人に美味しい刺身が食べて貰えます
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posted by モグじー at 22:14| 徳島 ☀| Comment(2) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月09日

昨日のパン焼きについて

改修前に戻ろうか?

 9月に石窯の改修工事を初め、約2ヶ月で大まかな工事が終わりました。そこで、石窯の保温性能がどれほど改善されたかをチェックするため、実際に薪を焚いて温度チェックをしたり、実際に生地を作って試し焼きをしたりしました。結果が思わしくないと更に手を加えたりして、少しでも石窯の性能が向上するように頑張ってきましたが、残念ながら改修前に頭の中で想像していたほど、劇的な変化は有りませんでした。昨日もバゲットを焼いたところ、期待外れの結果を突き付けられ、真剣に焼き床の穴を再び開けて加熱炉で薪を焚いて石窯内を加熱する方式に戻ろうかと真剣に思ったほどです。昨日の試し焼きでも最初にバゲット2窯とリュスティック1窯を焼き終わると温度が下がり過ぎて次のリュスティックや食パンが焼けない為、石窯内で再度薪を焚いて石窯の温度を上げて残りのパンを焼きました。石窯の再加熱は時間もかかるし、生地の醗酵時間を調整するのが大変でした。



熾きを石窯内で燃やそうか?

 再加熱のため石窯内で薪を焚くと石窯内に真っ黒なススが付き、4窯目のリュスティックで蒸気を送り込んだところススが蒸気と一緒に生地の表面に付着し、ススで黒くなったリュスティックが焼き上がりました。更に5窯目のリュスティクを焼き終えると、又温度が下がり続けて残っている4窯の食パンを焼くのは困難な状況となりました。そこで、前回と同様によく燃えた熾き火を石窯に入れて温度を上げ食パンを焼くことにしました。ただ、前回は焼き床に良く燃えている熾きを並べその上に高さ10aの棚を据え、その上に鉄板を置いて食パン缶を並べました。すると、鉄板が高すぎて食パンを取り出す時に食パンが窯口につかえて大変でした。
 もっと良い方法は無いだろうか…



耐火レンガを外してみよう

 そこで思いついたのが焼き床に並べた耐火レンガを外して、溝を作りそこに熾き火を置くことです。具体的な説明は言葉では難しいので、今日の午前中に、昨日の模様を再現し写真に撮りましたので、写真に沿って説明します

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 リュスティックを焼き終えた時の窯の内部です。前回はこの上に高さ10aの棚を設置しその上に鉄板を置いて食パン缶を並べました


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 今回は中央の4枚の耐火レンガを外し両側に立てて置きました


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 良く燃えている熾きをレンガを取り除いた後の窪みに並べました


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 レンガの上に網鉄筋の格子を置きました、これが無いと下の熾き火の熱が石窯内に広がり難くなります


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 格子の上に鉄板を置くと熾き火の熱が石窯内に広がり易くなります


ただ、熾き火で石窯内を加熱しているときは、窯口の戸を完全に閉めてしまうと酸素不足で熾き火が消えてしまいますので、窯口の戸の下の方を少しだけ開けておきます。昨日食パンを焼き終わった後、窯口の戸を完全に閉めましたので、今日は消し炭がたくさん残っていました。



ほんの少しの火力で温度維持が可能に

 基本的に考えれば、石窯ではパン焼くのに必要な熱量と放熱などで失われる熱量の分だけ温度が下がります。断熱を完全にすれば、パンを焼くのに必要な熱量を補充してやれば石窯の温度低下は防げます。モグジーの改修前の石窯は断熱を全く考えていなかったため、放熱等で失われる熱量が非常に多くて、石窯を暖める時も大量の薪が必要でしたが、改修後は石窯を暖めるのに必要な薪の量も大幅に減りました。そして、温度低下を補うために、石窯で薪を焚くと、煙突からも窯口からも燃焼ガスが逃げるため熱損失が大きくなりますが、石窯の中に熾き火を置いて加熱する場合は煙突も閉じますし、窯口もほんの少し酸素を入れるだけですので殆ど外に熱エネルギーは逃げません。従って、パンを焼くのに必要な熱量だけ熾き火で補充すれば大きな温度低下は防げます。実際に昨日食パンを焼いたとき、少量の熾き火で温度を維持できました。と言うことは改修工事で断熱レンガで石窯を囲ったことは大いに意味が有ったことになります。この事にやっと気付き、改修工事をして本当に良かったと思いました。これからは新しい方式でのパン焼きに徐々に慣れて行けば、いつの日か美味しいパンが焼けるようになると思います。
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posted by モグじー at 22:23| 徳島 ☁| Comment(0) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月06日

石窯の温度チェック

耐火レンガの効果は…

 先日、石窯の蓄熱材を増やすと共に焼き床を高くするため耐火レンガを焼き床の上に並べました。その耐火レンガを焼き床に並べたことが実際に効果として現れるのか、それほど変化がないのかモグジーには分かりませんので、温度チェックをすることにしました。温度チェックなしにぶっつけ本番でパンを焼くのは自信が有りませんので。
 今日は北風が強く、朝から冷え込んでいましたが、良く晴れていましたので先ずはテニスに行って思いきり身体を動かしました。矢張り身体を動かすと自然と体は温もり汗ばむほどになりました、これから春まで寒い日が続きますが、何とか休むことなくテニスで身体を動かそうと思います。

 テニスが終わってログに帰るとすぐに石窯に薪を焚き始めました。今回も3時間薪を焚いて1時間窯を冷やし、その後の温度経過を窯口の上と焼き床の上で調べたいと思っています11時15分から焚き始めて3時間薪を焚き、熾きを火消し壺に入れ、火消し壺に入らない熾きは水を掛けて消しました。2時半から1時間窯口を閉じて窯を冷やし、1時間後の3時半から温度チェックを始めました。3時40分で窯口温度が314度、(焼き床温度が280度)、以後20分おきに温度をチェックしました。これまでは、窯口の戸を閉めたまま温度を計測しましたが、より、実際の状況に近づけるため40分後の16時20分・窯口温度277度(焼き床温度250度)で戸を1分間空けその後蒸気を入れました(バゲットを焼くときの要領に従って)、すると両方の温度が一時的に大きく下がりましたが、時間の経過とともにかなり温度は回復しました。バゲットを2度焼く想定でもう一度40分後に同じことを繰り返し、後は蒸気無しで、戸を開けるだけにとどめて温度チェックを続けました。その結果、ログの石窯でパンを焼くことが出来る250度〜180度の温度帯をキープできるのは、今回のチェックでは3時間となりました。これは、これまでの温度チェックに比べて1時間、パンを焼ける時間が少なくなりましたが、これまではずっと窯口の戸を閉めたままでしたので、これぐらいの差は仕方ないかなと思います。3時間の焼成時間が確保できれば、多分バゲット2窯とリュスティク2窯と食パンが4窯焼けるのではないかとモグジーは思いますが、実際に焼いた場合はどうなるのか、明後日にパンを焼く予定ですので、その時に結果を報告したいと思います。
 後になって気が付いたのですが、前々回は3時間薪を焚いて、その後、熾きだけの状態で更に1時間加熱し、その後に熾きを取り出してから窯を冷やしました。即ち窯を加熱する時間が4時間で今回より1時間長かった勘定になります。従って、今回パンが焼ける時間が短くなった原因の一つであると思います。明後日パンを実際に焼くときは、3時間薪を焚いて、更に1時間熾火だけで加熱する方法を試そうと思います。

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 焼き床がレンガ1枚分の厚さだけ高くなり、窯の天井までの高さが逆に7a余り低くなりましたので、薪を焚くときに影響が出るかと心配しましたが、問題なく薪を焚くことができました
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posted by モグじー at 19:50| 徳島 ☀| Comment(0) | ログ建設記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

60才からの挑戦

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