2018年03月27日

ウサギに大喜び

久し振りの笑顔

 昨晩は早めに布団に入りましたので、今朝は早くから目が醒めました、することもないのでお風呂に入り部屋に戻ると孫達を起こして、先ずは、布団の後片付けをしました。全員で頑張りましたので布団も寝巻も綺麗に片付きました。孫達は浴衣をとても綺麗にたたんでいますが、モグジーは未だに衣類をきれいにたためません。結局はモグジーの浴衣類も孫にたたんで貰いました。部屋の片づけが終わると全員で朝食バイキングを食べに行きましたが、食品の種類は少ないのですが、いつも、お腹一杯食べさせて貰え満足しています。
 宿を出ると姉が入所しているグループホームに向かいました。ホームに着くと食後のケアを受けていた姉をいつもの様に自室に連れて行き、孫達と一緒に歌を歌って一時を過ごしました。今日は最近では最も精神的に落ち着いていて、モグジーの顔を見るとにっこりと笑ってくれたり、歌に合わせて口を動かしたりするなど良い反応を沢山見せて貰いました。少しでも前回会ったときに比べて良い面があるととても嬉しくなります。ただ、今日はこの後、大久野島に行きますので、時間的な余裕があまりなく30分余りで姉との面会を済ませ、大久野島に向かいました。

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 小さな居室に7人の訪問者が入って、姉と一緒に歌を歌ったりして楽し一時を過ごしました


広島のお好み焼きが食べたい!

 山口から大久野島までは自動車で3時間余りかかります。大久野島での滞在時間をなるべく長くするため、昼食は高速のコンビニで好きな物を買って走りながら食べて貰うことを考えていましたが、高速のパーキングエリアで食べられる広島風お好み焼きを食べたいと孫が言うので、急遽、パーキングエリアに寄り広島風お好み焼きを食べました。その結果、予定していた大久野島行きの船に乗れませんでした。最近は観光客が増えて最低でも30分毎に船便が有ると楽観していましたが、何と昼の12時発の船の次は14時05分まで船便が無くて、約90分余り待たされることになりました。これまでは、それほど船を待つことはありませんでしたので、油断していたのだと思います。14時05分発のフェリーに乗り15分後に大久野島に着くと、船付き場の近くにいる沢山のウサギを見つけた孫達は大興奮です。持参したキャベツを小さく切ってウサギにやりますが、殆どのウサギが食べようとしません。最近はこの大久野島はウサギ島として大人気ですので沢山の旅行客がウサギの餌を持って島を訪れます。ウサギも飽食気味なのかもしれません。島には島を一周する道が有って観光客はその道を歩きながら道端に居るウサギに餌をやります。モグジーは今回が3回目ですので、孫達を観光客が余り歩かない道へ案内し、ウサギと戯れて貰いました。

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 ウサギが立ち上がる姿が可愛らしくて何度も餌でウサギを立たせていました


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 孫達一人に一つずつキャベツを持たせましたが3時間後には全て無くなっていました

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 道を歩いていると木陰からウサギが出てきますので喜んで孫達はウサギに餌をやっていました


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 ウサギは斜面に穴を掘って住んでいます、人が近付くと穴から出て餌を食べます


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 島の一番高いところに有る展望台です、ここから見渡せる瀬戸の島々はとてもきれいです



夕陽を見せてやろう

 孫達は各自がアイホンを持っているため、次々と写真を撮っています。どれほどの景色が記憶として残るのか想像もつきませんが、海に沈む夕陽を見るチャンスは都会の子供達にはほとんどないと思いますので、大久野島から沈む夕陽を見せてやることにしました。予定では17時15分の船で大久野島を離れる予定でしたが、それでは夕陽は見れませんので、その次の18時15分発の船に乗ることにし、陽が落ちるのを待ちました。普段はあっという間に夕陽は落ちてしまいますが、何とか18時までに夕陽が落ちてほしいと思っているときはなかなか陽が落ちないもので、赤い夕陽が果たして見れるのか気が気ではありませんでした、それだけに18時前に夕陽が赤くなったときは嬉しく思いました。孫たちも夕陽の写真を興奮して撮っていました。

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 夕陽を見るために堤防の上に座って待っている孫達です

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 瀬戸の島に沈む夕陽です、本当は沈むところまで見たかったのですが、船の出港時間が迫ってきましたので、この後走っ桟橋に向かいました
posted by モグじー at 22:19| 徳島 | Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月26日

孫を連れての山口旅行

無事に取引終了

 過去のブログで何回か書きましたが、山口県に両親が残してくれた実家の敷地がやっと売れました。昭和57年に父が昭和64年に母が亡くなり、その後空き家になった実家に将来モグジーが帰るかもしれないと思って兄とモグジーとで相続していました。しかし、モグジーは終の棲家は海辺で敷地に桟橋を付け船を係留したいという夢をどうしても捨て切れず、実家の土地を売ることに決めました。もう20年も前の話です。しかし、実家周辺の宅地造成が急激に進み、土地売買の問い合わせは殆ど有りませんでした。草抜き等の敷地管理はモグジーが売買等の手続きは兄がするという二人三脚でこれまで何とか売買を目指して頑張ってきましたが、兄弟共に高齢となり、子供達へ敷地を引き継ぐことだけは何としてでも避けたいと思い、この2.3年は特に力を入れて、早期の売買が可能になるような対策を講じて来ました。両親の自慢でありモグジーも素晴らしいと思っていた和風庭園も綺麗に更地にし、新しい不動産屋とも契約しました。その成果が有ったのかこの度急に話がまとまり正式な取引へと進みました

 取引は買主と売主が3月26日に山口ですることとなりモグジーも出席しなければなりません。25日に関東から次女と5人の孫がやって来る予定がすでに決まっていましたので、この機会に孫達を山口に連れて行ってやることにし、宿を取ったりして準備を進めて来ました。契約は地元の銀行で午前10時半からと決まり、無事に昨日ログに到着した孫達を車に乗せ、今朝5時にログを出発し、途中山口県の徳山駅で兄を拾い何とか10時15分銀行に到着できました。孫達は近くのショッピングセンターに行き、モグジー達は銀行で買主側と不動産会社、司法書士の立会いの元、スムーズに取引を進め12時過ぎに無事取引を終えることができました。書面上の取引は短時間で終わったのですが、支払いを現金で無く振込にしたところ、今日は月末で銀行窓口が非常に混雑していて、振込をして貰うのに1時間以上もかかり、孫達との秋芳洞見物を予定していたモグジーはちょっぴりイライラしていましたが、結果的には予定していた12時で無事取引も終了し、ホッとしました。振り込み手続きが終わるのを待つ間の1時間に買主さんと色々な話し合いをしましたが、非常に和気あいあいとした雰囲気で、本当に良い方に買って貰え、亡き両親もきっと喜んでくれていると思いました。事務能力の才能が長けている兄は土地に関する写真や文書などをまとめた資料を買主さんにお渡しし丁寧に説明していましたが、取引の終わりに司法書士さんが私は何度も土地取引に立ち会ってきましたが、こんなに丁寧な資料を作って持って来られたのは初めてですと言って褒めてくださいました。買主さんは若いご夫婦であの土地に早速家をたてられるとのことです。家が完成したら是非山口に来た折に見せて戴こうと思いました。とにかく、長い年月が掛かってしまいましたが、本当に良い方に買っていただき亡き両親も喜んでくれていると思いました。



2回目の秋芳洞

 今回、ログにやってきたのは次女と二人の娘、そして次男の所の三人の子供です。山口に行くのは留守番役の妻を除いた7人の大所帯ですので、ホテルを予約するのも大変でした。山口に帰ることが多いモグジーは姉が元気な頃は姉の家に泊めて貰っていましたが、姉がグループホームに入所してからは湯田温泉で宿をとっています。最初の頃は色々な宿に泊まっていましたが、最近はずっと同じ宿を利用していますが、とても気持ちの良い宿です。今回も勿論その宿に予約を入れましたが春休み中で希望の部屋がとれず悩んでいたところ、後日、全員が泊れる部屋が確保できましたとの返事を戴き一安心です。
 今回の旅行では、今日の午後は秋芳洞に行き、明日朝食後姉に面会した後、広島県の大久野島に行って動物好きの孫たちにウサギを見せてやり、夜遅くログに帰ることにしています。秋芳洞には4年前に次女と二人の孫を連れて行きましたが、当時幼稚園年長だった下の孫は暗い洞内に入った途端泣き出し、ずっとモグジーが抱いたままで殆ど目を開けていません。次男の所の孫3人は勿論今回が初めてですので、秋芳洞はとても喜んでくれました。なかなか関東の子供達は秋芳洞に来るチャンスはめったに無いと思いますので、とても良い経験になるのではないかと思います

 モグジーは土地取引の契約を済ませた後、孫達を拾って秋芳洞に向かいまし。時間節約のため、途中でお弁当を買って走る車の中で食べて貰い13時半に無事秋芳洞に到着しました。すぐに秋芳洞見物を始めましたが、春休みの子供達や外国人観光客で結構洞内は賑わっていました。モグジーはこれまでにゲスト案内で何度も来ていますが、洞内の様子は殆ど変らず、いつ見ても鍾乳洞のスケールの大きさには驚かされます。先ずは入口から大正洞入口まで歩いて外で小休止を取った後、再び洞内に戻ってエレベーター口まで歩き、今回は初めてエレベーターに乗って秋芳洞の上に在る秋吉台に出ました。エレベーターの高さは80bも有り、よくぞこの厚い地盤を雨水が通り抜けて石灰岩を溶かし流したものと感心させられます。
 エレベーターを降りると展望台まで急な坂を上りましたが、洞内で結構坂を上り下りした後ですので、いささか、きつくて展望台まで登るのに一苦労をしました。展望台でしばらく遊んだ後、再びエレベーターまで今度は下り坂を下り、エレベーターで洞内に戻り、洞内の通路を下って入口まで戻りました。そこから駐車場に戻るまでお土産物屋さんがずらりと並んでいますが、孫達は必死でお土産物を探していました。やっと、お土産を買い秋芳洞を出たのは16時過ぎでした。そこから一路湯田の宿に向かって突っ走り17時前に宿に到着しました。朝4時から起きて準備を初め、車を運転して山口まで走り、土地売買の契約を終え、秋芳洞見物に孫達を連れていき、宿に到着するまでの12時間、休む暇もなく動き続けましたので、宿に着くと夕食までは仮眠をとらせて貰いました。夕食は近くのくるくる寿しを利用しホテルに戻るとお風呂にゆっくりと浸かり、午後10時には寝てしまいました。孫達にとっては、宿に戻って寝るまでの時間が最も楽しかったようです。同じ年代の子供5人で、幼いころからの顔なじみであるためとても和やかな雰囲気でしたが、時々、余りにうるさいため、モグジーは何度か「静かにして!」と叫ばねばならない一時でした。それにしても今日も又、心地よい小春日に恵まれ感謝でした。

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 先ずは、秋芳洞の入口で5人の孫と記念写真を撮りました、


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 背景の黄金柱は秋芳洞では最もスケールの大きな石灰華柱で幅4b高さ15bあります


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 カルスト台地を背景に6人の孫が、オット、5人の孫と次女でした


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 やっと入り口まで戻ってきました、皆、いささか、お疲れの様です


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 この年頃になると、宿の布団は皆孫達が敷いてくれました

posted by モグじー at 18:08| 徳島 ☀| Comment(4) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月22日

何とか大役を果たせました

とても良い方でした

 地積測量図が無かったため、隣地の所有者の方Fさんにお会いして話を聞かせて戴かなくてはなりません。Fさんは隣地ではなく防府市の駅前に住んでおられますのでホテルで朝食を済ませると、全員で防府市に向かいました。モグジーが隣地の方とお会いしている間、妻たちは山口市立図書館に行きたかったそうですが生憎今日は休館日とのことで、駅前に在る商業施設で時間をつぶすことになったのです。モグジーの両親が家を建てたのは昭和41年(モグジーが21才)ですのでモグジーは時々は帰省して実家で暮らしましたがFさんとは殆どお会いしたことがありません、それだけにかなり緊張してFさん宅を訪問しました。訪問の目的を伝えると気持ち良く受け入れていただき、当時のいきさつを丁寧にお話して戴けました。Fさんのお話によると土地を購入した時、境界にある水路は半分ずつ持つことにしようと話し合ったとのことです。その後、昭和54年に国土調査が有り、土木局の方が測量に来たとき、Fさんとモグジーの姉が水路の両側に立って測量時の位置確認をしたとのことです。モグジーの両親は早く亡くなり、姉も施設に入っている状態ですので何も覚えておりませんので、Fさんだけが頼りでしたが、Fさんから当時のいきさつを聞かせて戴き本当に助かりました。これで、今回の大仕事である境界線の確認を無事に済ませることができ、とても嬉しくなりました。



いよいよ阿波踊りを!

 Fさんとお別れした後、モグジーは商業施設に行って妻たちを拾ったあと、再び山口市のグループホーム「おいでませ」に向かいました。今日は上の孫Nちゃんが満9歳になる誕生日です。そこで、途中に在るカフェで誕生パーティーをすることにしました。ホテルでの朝食はバイキングでしたので、いつもの様に皆お腹がはち切れそうな位食べたのですが、いざカフェに入るといつもの様に料理やデザートを食べていました。
 カフェから「おいでませ」まではすぐですので午後1時過ぎには「おいでませ」に到着しました。早速姉の部屋に入って阿波踊りの衣装に着替えました。孫たちが鳴西連に入っていますので孫と次女の衣装は鳴西連の物をお借りし、モグジー夫婦は今回阿波踊りを教えて戴いた友人のLBさんから所属しておられた連の衣装と鉦と小太鼓をお借りしました。衣装の着替えは簡単に済ませることができましたが問題は演技です。気持ちを落ち着かせようとするのですが、緊張は高まるばかりです。度胸を決めて全員で入所者の方々が待って下さっているホールに向かいました。私たちがホールに入ると拍手が起こりました、阿波踊りの衣装が気に入っていただけたようです。モグジーが一言挨拶をした後、早速、阿波踊りを始めました。
 モグジーが鉦を叩き始め次女の笛が響き孫たちの踊りが始まりました、孫たちの姿が可愛いのか、「かわいいね」と言う声も聞こえてきます、途中モグジーの鉦が狂うことも有りましたが、笛の音も途切れることなく流れ、孫たちの掛け声も響いて大きな失敗もなく何とか阿波踊りを演じることができました。踊りが終わると孫が「阿波踊り」に付いて簡単な説明をし、お年寄りの方々と一緒に踊ることにしました。勿論、皆さん歩けませんので手を上に上げて動かしてもらうだけですが、短時間ですが一緒に踊って戴けました。何とか予定していた内容の殆んどを終えて、阿波踊りを終えることができホッとしました。
 その後はいつもの様に、二人の孫が歌を歌ったり、ダンスを踊って、お年寄りの方々から喜んで貰えました。いつもは孫たちの歌や踊りで喜んで貰っていたのですが、前回は余りに好評でしたので帰りの車の中で8月のお見舞いの時は阿波踊りが踊れたら良いねと言う話からLbさんのご協力で今回の阿波踊りが実現しました。無事に終わってほっとしたというのが心境ですが、実際にやってみて阿波踊りが実は難しいのが良く分かりました、特に笛が大変だったようです。いつもは手抜きが多い次女も今回ばかりは時間が有れば笛の練習をしていましたので。でもいざとなると緊張で音も出ないのが笛ですので怖さが伝わってきました。でも、きっと皆さんに喜んで戴けたと思います、次女と孫たちに感謝です。阿波踊りを終えた後は、いつものように歌好きの姉と一緒に色々と懐かしい歌を歌って過ごしましたが、最近は歌を歌っても姉の口が動かなくなり淋しくなりました

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 阿波踊りを軽やかに踊っている二人の孫です、孫の踊りが一番輝いていました


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 師匠から笑顔で鉦を叩くように何度も言われていたのに、やはり表情が硬いモグジーです


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 ホールで気持ち良さそうに踊っている二人の孫です


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 最後に姉にも入って貰って記念写真を撮って貰いました

   

無事にログに帰り着きました

 「おいでませ」での楽しい一時を終えた後、山口駅前でお土産を買い、一路ログを目指して車を走らせました。途中、宮島S.A.でお土産を買い、今回も沼田P.A.で好物の広島風お好み焼きを食べ、さらに八幡P.A.でトイレ休憩を取りましたが、後は休むことなくログをめざし午後9時に無事に帰り着くことができました。今回の旅も1泊2日の間に色々なことをしましたのでとびっきり慌ただしい旅となってしまいました、でも多くの目的を果たすことができ、モグジーとしては大満足です。
posted by モグじー at 20:59| 徳島 ☁| Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月29日

無事に帰ってきました

朝からお腹が一杯に

 モグジーは食べ放題のバイキング料理が大好きです。特に若い頃は自慢の様に大食いをしていましたが、最近は身体のために少し控えめにしています。普段の食事は腹八分目にしていますがバイキングの時はついつい満腹になるまで食べていますが、先日胃腸がおかしくなったときはバイキングでも八分目に抑えていました。今回は3日間の旅行で4回のバイキングが出ましたが全てお腹がはち切れそうなぐらい食べてしまいましたが不思議と胃がおかしくなることは有りませんでした。今朝もバイキングでしたがついつい食べ過ぎてしまいました。
 朝食後は全員で島の探検に出かけました。前回は島を一周する周回道路を歩きましたが、今回は島の中央部にある展望台にも登りました。2時間も歩くととても良い運動となりましたが、それ以上に島の頂上に有る展望台からは全周囲の景色を見ることが出来、多島海の瀬戸内海の美しさを満喫することができました。島には現在700匹あまりのウサギが居るそうですが、島全体にウサギは分布しているようで、山頂に到る道の何ヶ所かでウサギに出会いました。そして山頂にも数匹のウサギが居ました。ただ、圧倒的に多いのは国民休暇村附近の広場と船乗り場付近です。人間が良く集まる場所のウサギはとても人なつっこいのですが、山道などで出会うウサギは結構警戒心が強くすぐには人に寄って来ません。ただ、全てのウサギが同じ場所に居るのではなく、餌が少ないような山などにもウサギが住んでいるのは、人間とよく似ているなと思いました。
 しっかりウサギと島を楽しんだ後、午後2時前の船で島を離れましたが、とにかく観光客の多いのには驚かされました。ウサギに餌をやることは心が癒されるのかもしれません。


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 島の中を歩いていると、ウサギは穴を掘ってその中で休んでいます、とても気持ちが良さそうでした


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 孫たち手に持っているキャベツを美味しそうに食べ続けるウサギたちです


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 展望台からは瀬戸内海に浮かぶ沢山の島が見えます、景色を眺めているだけで気持ちが良くなります


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 島の一番高いところにある展望台で記念写真を撮りました。今日は最高の日和で気持ちが良かったです


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 展望台がある山頂から下る時は別のルートを通りましたが、急な下り階段が続き、眼が不自由な妻には気の毒でした
   

一路ログを目指して

 忠海港に着くと船を降り、車に乗ってログを目指して走り続けました。昼食はレストランが沢山有りそうな三原市街まで行って好きなお店に入ることにしていましたが、全員が好みのものを食べられそうな店がなかなか見つかりません。色々と迷っているうちに三原市街を越えてしまいました。次にある街は尾道です。この街を過ぎると福山までずっと一般道を走らなければなりません。一般道を走ると帰る時間がドンドン遅くなってしまいますので、尾道では何とかしなければと思いつつ尾道市街に入りました。尾道市街に入ってもなかなか入る店が決まりません。あと少しで市街地を抜け出す段階でやっと「すき屋」に決まり駐車場に入りましたが、モグジーは余り好みの店ではありません。ふと見ると隣に丸亀製麺が見えました。そこで「すき屋」組と「丸亀製麺」組に分かれました。妻と長女は「すき屋」にモグジーと孫二人は「丸亀製麺」に入り、久しぶりのうどんを楽しみました。やっと遅い昼食を終えると福山西I.C.から高速に乗り一路ログをめざし、午後7時前に無事にログに到着することが出来ました。今回の旅には色々な目的が有りましたが、一応全ての目的を果たすことが出来ホッとしました。走行距離は850`を越えていました。
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posted by モグじー at 13:41| 徳島 ☁| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月28日

再びウサギの島へ

解体業者を訪ねてみよう!

 モグジーの両親は父が50才の頃、やっと土地を購入して家を建てました。そして両親は庭に念願の日本庭園を作りました、見事な石庭で池に鯉を泳がせ庭石で作った小さな山から滝のように水を流していました。しかし、元気だった父は心臓発作のため64歳で急逝し、母も5年後に急逝してしまいました。実家の家と土地はしばらくはそのままでモグジーも年に一度はふるさとに帰って家や庭の手入れをし、お墓参りを続けてきました。しかし、その後台風で屋根から雨漏りがしだすと家が急速に傷み始め20年前に家を解体しました。モグジーが退職後は実家に戻る可能性も有った為、庭だけは残していたのですが、毎年実家に帰って敷地の草刈りなどをしても庭は荒れ放題になる一方でした。モグジーも徳島に転勤して以降はすっかり鳴門が好きになり、実家に帰ることを断念したため、敷地を売ることにし地元の不動産屋に売買を依頼しました。しかし、売買の問い合わせはほとんどないまま今日に至りました。年に2回実家に帰って100坪の敷地と庭の手入れをするのはモグジーにとっても大きな負担となり、この苦労を子供に引き継がせるのは酷と思い、出来るだけ早く土地を売ってもらうため、不動産屋を変更しました。以前の不動産屋は不動産情報を出すだけでしたが、新しい不動産屋はネットに情報を流したり積極的に動いてくれていますが、問い合わせは殆ど無いとのことです。担当者に聞くとどうも庭がネックになっているようです。モグジーは少々値段が安くなっても両親が大切にしていた庭をそのまま引き継いでいただける方に買ってほしかったのですが、担当者の話では最近は日本庭園を造る人は殆どおらず、庭付きの土地を希望する人はいないとのことです。そこでモグジーは庭を解体することも考えはじめました。遠く離れた鳴門では解体の話も進められない為い今回山口に帰ったときに思い切って地元の解体業者に相談してみることを決めていましたので、ホテルで目を覚ますとロビーに降りて電話帳で解体業者を調べ、後で話をしに行くことにしました。



「あれから歌っておられましたよ!」

 ホテルで朝食のバイキングをしっかり楽しんだ後、ホテルを出発し、お土産用に地元の銘菓を買いに行った後、姉に会いに行きました。職員の方から「昨日はありがとうございました、楽しかったようで終わった後も皆さん歌を口ずさんでおられましたよ」と声を掛けられ、孫たちも嬉しそうでした。しばらく、姉と話をしたり一緒に歌を歌ったりして過ごしたあと、姉と別れて気になっていた解体業者を訪ねることにしました。
 電話帳で相談が出来そうな解体業者を3か所程度メモしておきましたので、カーナビに住所を登録して早速訪問することにしました。幸いにも業者がグループホームから近いところに分散していましたので、最も相談しやすそうな業者を訪ねました。会社はすぐに見つかり早速相談をしてみました。とても気持ちの良い対応で早速近いうちに現場を見に行き見積もりをして下さることになりました。次に訪問した会社は看板も出ていないような小さな会社でしたので、ちょっと話をするのが不安になり、取り敢えず、今回は先ほど見積もりをお願いした会社に見積もりを出していただき、その結果を見て次の対応を考えることにしました。



凄い賑わいです!

 今回の山口訪問では姉の面会と解体業者を探すことが大きな目的でしたが、無事に用件を済ませることが出来ましたので、鳴門に帰る途中、2年前に訪れたことが有るウサギの島(大久野島)に向かうことにしました。前回は島の滞在が数時間程度でしたが、今回は孫たちのために島にある国民休暇村で1泊することにしています。防府を12時過ぎに出発しました。今日は夕方までに島に渡ったら良いのですが、次女がどうしても広島のお好み焼きが食べたいと言うので、最初は高速を広島I.C.で降りて広島名物のお好み焼きを食べる予定でしたが、時間がかかりそうですので、途中のP.A.で済ませることにしました。口コミでチェックしたところいい感じですので期待できそうですが、高速のS.A.やP.A.で過去に食事をとって美味しかったことが有りませんので不安でしたが、店に着くとお好み焼き専門の人が注文を聞いて焼くシステムでいかにも美味しでした。朝食バイキングを食べすぎてお昼は食べないと言っていたモグジーも美味しそうな広島風お好み焼きを見て注文してしまいました。食べると確かに美味しかったのですが元々満腹状態でしたんで食べきるのに少し苦労をしましたが、このP.A.のお好み焼きは今後も楽しめそうです。
 途中でお好み焼きなどを食べたりしたため、大久野島への連絡船が出港する忠海港まで時間がかかりましたが、何とか午後3時過ぎに到着できました。最近は大久野島へ渡る観光客が増えているとのことで車を止める駐車場も一杯でしたが何とか車を止めることが出来、無事に3時15分発の船に乗ることができました。島に着くと沢山のウサギが出迎えてくれ孫たちは大興奮でした
 宿に落ち着くと早速孫たちはウサギと遊ぶことになり、モグジーはこの数日間寝不足でしたので昼寝をさせて貰いました。昼寝が終わるとお風呂に入り、今日も夕食は瀬戸内海の幸をふんだんに使ったバイキング料理をしっかりと楽しみました。夕食の後はサッカー日本代表のタイ戦を楽しみ、試合が終わった後は長女と孫を連れて夜のウサギ観察に出かけました。ウサギは基本的に夜行性と言われていますが、この島のウサギは観光客から餌を貰うため、昼に良く活動していますが、夜歩いたところ、夜でも人が通ると近寄ってきます。ただ驚いたのは夜歩いているとイノシシの子供の姿を見かけたことです。夕方にも孫たちは山の道でイノシシの子供に出会ったそうです。イノシシがドンドン増えなければ良いのですが。

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 美味しそうな広島風お好み焼きを目の前にご機嫌な孫達です。大盛りのお好み焼きを二人でペロリと平らげたのにはびっくりしました

   
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 今日もどんより空が曇っていていつ雨が降りだすか分からないような天気です。最後の目的地に行く船に乗ってやっと気持ちが落ち着きました。これまではバタバタ続きでした


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 島に着き、船を降りて上陸すると沢山のウサギが出迎えてくれました


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 孫たちが散歩の途中で見かけたイノシシの子供です、ウサギの食べ残しを食べていたそうです


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 夕方になると今回の旅で初めて太陽が顔を出し綺麗な夕焼けを久しぶりに拝ませて貰いました


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 懐中電灯を持って夜のウサギを見に行きましたが、人が通ると出てきて餌をたべていましした
posted by モグじー at 13:13| 徳島 ☁| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月27日

孫達と一緒に山口へ

豪華な昼食

 グループホーム入所中の姉に面会するため年に2回山口に通っていますが、今回は帰省中の次女と孫も連れて行くことにしました。昨日お土産に持って行くパンも焼いておきましたので、パンなどを持って今朝5時過ぎにログを出発しました。長期予報では27日〜29日の旅行中は天気が良いとのことで喜んでいましたが、その後予報がどんどん悪い方向に変わり雨の予報も出て残念に思っていたところ、予報通り昨晩から雨が降り始め出発時も雨が降り途中もほとんど雨が降って天気には恵まれませんでした。それでも、事故もなく予定通り10時過ぎに両親が住んでいた実家の跡地に到着しました。先ずは敷地に残っている倉庫の荷物をチェックした後、11時に敷地の売買をお願いしている不動産会社の担当者の方と初対面し、敷地に付いて色々と説明した後、昼食を予約しているレストランに向かいました。
 このレストランはこれまで何度か利用したことが有りますが味が良くて気に入っていましたが、最近ランチのバイキングを始めたとのことで、ネットで口コミを調べたところ好評でしたので予約を入れておきました。予定より1時間早く到着しましたが1時間前でも利用可能とのことで12時から食事を始めることが出来ました。バイキングで出る料理も種類が豊富で味も良く言うことなしでした。余りに美味しかったため全員が食べ過ぎてしまい後で苦しい思いをするほどでした。

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 昨年11月に敷地の草刈り等をしましたが、この時期は冬で殆どの草が枯れ、まだ新しく草が伸びていない為、雑草が目立っていません


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 庭の部分もまだほとんど雑草が伸びていないため庭石の状態が分かり易い感じとなっています


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 レストランの駐車場からは遠くに滝が見えとても気持ちが良かったのですが、この後すぐに雨が降り始めた為慌てて店に飛び込みました


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 レストランは山の中腹に有って窓から見える景色も素晴らしく、料理もとても美味しかったので孫たちも大喜びでした



「コウジ どこへ行ったの?」

 モグジーの姉がアルツハイマーを発症しグループホームに入所したのは2012年の8月です。最初の頃はモグジーのことが認識出来ていましたが、病状の進むのが早く2年前にはモグジーの名前など忘れてしまいました。それでも、面会に行って顔を会すとにっこりと笑ってくれます。記憶のどこかにモグジーのことが残っているのだと思います。今日も、妻や娘や孫たちとグループホームを訪問し姉と目が合うとにっこりと笑ってくれました。今日は施設では2ヶ月に1回開かれる施設連絡会議が有り家族にも参加して貰うことになっているとのことで急遽会議に出席することになり、姉の個室でしばらく全員で話し合った後モグジーだけ会議に出席しました。30分余りの会議を終え個室に戻ると妻が「お姉さんが、コウジは何処へ行ったの」と言ったのよと興奮気味に話してくれました。姉の口からこのような言葉が出たことにびっくりしました、勿論とても嬉しく思いました。ホールでの会議が終わった後、ホールで二人の孫が歌と踊りを入所者の方々に披露することになっていましたので、早速、ホールに向かい長いテーブルを囲んでおやつを食べておられた入所者の方々の前で先日ミュージカルの発表会で発表した「サウンド・オブ・ミュージック」の中から「ドレミの歌」や「エーデルワイス」などの歌や踊りを披露しました。日本の歌ではない為皆さんに喜んで貰えるか心配していましたが、とても喜んで下さり、手拍子が出るほどでとても盛り上がりました。今回でこの場所で歌や踊りを披露するのは2回目ですが前回以上に盛り上がりモグジーもとても嬉しく思いました。人の前で楽しそうに歌い踊ってくれる二人の孫に心から感謝をしました。

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 入所者の皆さんの前で歌と踊りを披露する孫です。楽しそうな表情で演技をする孫たちの気持ちがお年寄りの方々に伝わったのかも知れません



「湯田温泉のネオンを見るのは久し振りや!」

 グループホームでの面会を終えたモグジー達はリハビリ病院に入院中の義兄を連れて回転寿司を食べに行きました。姉も義兄もとても元気でずっと樫の製材業を頑張ってきました。とにかく夫婦で良く働き、苦労して小さな会社を大きく発展させ、老後は何不自由なく豊かな老後が保障されていると思っていた矢先、身体が人一倍元気だった姉が60代後半でアルツハイマーを発症し、グループホームに入所した姉を懸命に支えていた義兄が長年の無理が原因となって膝を痛め歩けなくなってしまいました。元気な頃は魚釣りが好きな義兄には夫婦でログに来て魚釣りを楽しんで貰いましたが、今は病院から殆ど出る機会は無く、商店街を歩くこともなく、病院では好物の魚も食べられないとのことで悔やんでおられました。何とか好きな魚を少しでもたべて貰おうと外出許可を貰ってモグジーの家族と一緒に回転ずしを食べに行った次第です。鳴門であれば新鮮な美味しい魚を色々と食べて貰えるのですが、これほど遠く離れていてはどうしようもありません。残念ながら回転寿司で我慢をしていただきましたが、とても喜んで下さり嬉しく思いました。回転寿司だけでなく久しぶりに見た湯田温泉外のネオンもとても懐かしかったとのことです。湯田温泉外のすぐ近くでずっと生きて来られただけに感慨一入のものがあったのかもしれません。
 義兄を病院に送り届けた後は、ホテルに入り、ゆっくり温泉に浸かったあと、頑張ってくれた孫のために夜遅くまでトランプをして遊びました。
posted by モグじー at 23:08| 徳島 ☀| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月06日

降り出した雪にドッキリ!

次女宅とお別れ

 今回の旅の目的だったミュージカル観劇を無事に終え今日はログに向けて帰ります。3日からずっと良い天気が続いていましたが、天気予報では今日は曇のち雨の予報となっていて気温も下がるとのことです。中央道を通って八ヶ岳の兄宅に寄ることも不可能なようですので、予定を変更して初日に中央道を通り八ヶ岳の兄宅に寄って本当に良かったと思います。昨日、ミュージカルが成功裏に終わりホッとしたのか昨晩は良く眠れました。朝起きると食卓には花束の花がきれいに活けられていて、昨日の名残を匂わせています。孫たちは今日から1週間の始まりです、いつもの様に起きてきて朝食をとり元気で学校に行きました。上の孫も元気そうでしたので一安心です。

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 食卓には昨日皆さんから貰った花が置かれてとてもきれいでした。「花より団子」派の次女宅にこれだけの花が並ぶのは初めてです



亀山までは安泰でした

 今回、子供たちの家を訪問して次男や次女から赤ちゃんの衣類等を長女に渡して欲しいと沢山預かりましたので、先ずその荷物を車に積み込んでから9時過ぎに次女宅を出発しました。出発から2時間余りは空も晴れ車内は暑いぐらいでしたが、御殿場付近から雲が増え始め、期待していた富士山は裾野部分しか見えず残念でした。
 今回上京する時に大阪から西名阪国道を通って名古屋方面に向かおうとしたのは奈良出身の妻が奈良県通過で懐かしいだろうと思ったからですが、残念ながら道が分からず西名阪国道は諦めました。帰りのルートは前回利用していますので帰る時は西名阪国道を走ることに決めています。新東名高速を無事に走り抜け、伊勢湾岸道に入りましたが空は暗くなるばかりです。西名阪国道は結構高い山を越えますので降雪には注意が必要ですが、天気予報で確認したところそれほど気温が下がらないため大丈夫と思い亀山I.C.を目指して湾岸道を南下しました。



最後は雪の中を走ることに

 西名阪国道に入ってしばらくすると雨が降り出しました。外気温は6℃ありますので雪の心配は有りません。ところが山に入るにつれて気温が少しずつ下がり始めいつの間にか2℃まで下がってしまいました。すると突然雨が雪に変わりました。これにはモグジーもびっくりしました。まさか雪は無いだろうとタイヤチェーンも持って来ていません。路面の雪はすぐに融けていますので今のところスリップの心配もなく車は皆80`前後で走っています。そのうちに平野部に入り気温も上がって雪が雨に変わりました、やれやれです。でも雪の心配がない天理まではまだ20`以上あります。しばらく走っていると又道は登り始め気温が下がり始めました。そして再び雨が雪に変わり気温は1℃まで下がり、車のスピードがガタンと落ちました。左車線を走るノーマルタイヤの車は40`までスピードを落としスリップしないようにノロノロ運転となりました。早く雪の心配がない天理までたどり着きたいという必死の思いで車を走らせますがなかなか天理までたどり着けませんでした。そのうちにやっと下り坂となり気温が再び上り始め4℃ぐらいになった時、雪が雨に変わりそのうちに雨も止みました、天理の街並みも見えやっと雪の心配が無くなりました。それからは順調に車を走らせ、夕方6時にYさん宅の前に到着しました。Yさんの荷物を降ろしお別れの挨拶を済ませるいつものログへの道をひたすら走り続け8時半に無事帰り着くことができました。走行メーターを見ると丁度1500`走っていました。4日間の旅もこうして無事に終えることが出来ましたが、Yさんと子供たちの家を訪問し兄の家を訪問しミュージカルを存分に楽しませて貰い、心に残る旅となりました。
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2017年02月05日

観に来て良かった!

声が出ない!

 昨晩マイクのことが気になりながら布団に入りましたが、そのうちに眠ってしまいました。今朝目が覚めて居間に行くと更に深刻な問題が持ち上がっていました。妻の話では主役のマリア役を演じる上の孫が声を出せなくなったとのことです。あまりのショックに孫は泣いていました。緊張から声帯がこわばっているのか、声を出し過ぎたのか原因は全く分かりませんが、殆ど声が出ていません。時間が経てばある程度声が出るようになるのではないかと思いますので、とにかく孫を元気づけました。9時から最後のリハーサルが有るとのことで孫たちは出かけましたが、何とか声が出て欲しいと祈るしか有りません
 今日は会場となる公民館のホールの開場時刻が12時半で開演時刻が13時ですので、12時頃には公民館に着いていなければなりません。Yさんは3人に花束を贈りたいとのことですので、買い物と軽い昼食を終えておくため9時頃次女宅を出発しました。Yさんは3人に大きな花束を一束ずつ贈りたいとの意向でしたがモグジー夫婦は「花より団子」派ですので3人に一束で充分ではないかとYさんに言いました。しかし、Yさんは3人に花束を贈れるのはこれが最後かも知れないと言って綺麗な素晴らしい花束を3束ほど購入されました。花束には贈る人の魂が込められていることに気付いたモグジーは恥ずかしくなりました。
 会場には12時過ぎに到着しましたがすでに20名余りの人が並んでいたのには驚きました。すぐに列に加わり何とか最前列の席を確保できましたが実際に席に座って舞台を見ると、舞台の幅が広すぎるため全体を見るのが困難でしたので、最終的には前から4列目に移動しました。買物中に次女からまだ声が出ていないとのメールが入りましたので、気が気ではありません、何とか声が出て欲しい!



とめどなく涙が流れました

 いよいよ運命の幕が上りました、セリフを伴わない演技が終わった後、いよいよマリアが一人で登場しました。胸には小さなマイクが留められています。そしてマリアが歌い始めました、小さな声ですがきちんと歌っていてモグジーの耳まで届きます。何とか客席に届いているようです。嬉しくて涙が流れてきました。ログで練習をしていた時に聞こえていた声量の半分ぐらいでしたが、マイクに助けられて歌が流れていきます。そのうちにグレーテル役の下の孫も舞台に登場し元気そうに歌い踊り始めました。会場はシーンと静まり返り観客もミュージカルに集中しているのを感じました。トラップ大佐役の次女もセリフに詰まることなく頑張っています、親子3人が同じ舞台にのぼり、ミュージカルの中で夫婦と子供役となって演じなんて二度とないと思います。色々なことが有りましたけど、何とかここまで来れて本当に良かったと思いました
 60分の第1幕が終わり10分の休憩後に第2幕が始まりました、第2幕の前半は音楽コンクールの設定で大人や子供のグループが色々な歌を歌う場面が延々と60分余り続きました。その後、そのコンクールでトラップ大佐の家族が優勝したという場面から第1幕の流れに戻りましたが、家族と共に舞台に立ったマリアが明らかにおかしいのです。声がほとんど出ていない感じです。末っ子のグレーテル役の妹も心配そうに姉を見ています。とっさにマリヤのセリフを長女役の仲間が代わりに言って何とか最後の場面を乗り越えることが出来ましたが、第1幕で出ない声を頑張って出し過ぎた為か第2幕ではほとんどしゃべれなくなっていたのです。ミュージカルが終わると観客席から盛大な拍手が鳴り響きましたが、マリア役の孫の目からは涙が流れていました。孫の涙顔を見るとモグジーは涙が流れて仕方が有りませんでした。でも、苦しい中本当によく頑張ったと思います。
 最後の挨拶で先生が「ミュージカルでは歌や踊りだけでなく仲間のことも大切にしています、上の子は下の子の面倒を見、下の子は上の子の言うことを良く聞きます。子供たちは人のセリフも全部覚えており、セリフを言えなくなったときは他の子が代わりに言います、今日も子供たちが助け合って見事に最後までミュージカルを演じ切ってくれました…」と語っておられましたが、本当に今日は目の前でその姿を見せて貰え感動しました。このミュージカルを観に来て本当に良かったと思いました。3人の頑張りに感謝です。Yさんもとても感動され喜んで下さいました。Yさんにも観て頂き本当に良かったと思います
 ミュージカルが終わると孫は会場に来てくれていた友達から花束やプレゼントを貰っていました。孫たちにとっても貴重な体験になったことと思います。

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 修道女として登場したマリアです、表情も柔らかくなっていた孫の顔を見てホッとしました


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 トラップ家の家庭教師として子供たちに歌を教えているマリアです、この頃になるとモグジーは不安も忘れミュージカルに引き込まれていました


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 トラップ大佐の家族が歌を歌っている場面ですが、マリアも表情もとても豊かです


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 トラップ大佐役の次女、マリア役の上の孫、グレーテル役の下の孫の3人が揃う場面です。ログでも何度も見せて貰ったお得意のシーンです


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 第2幕に入るとマリアの声が全くでなくなり、後ろに立っている妹は心配そうに姉を見つめています


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 第2幕の最後、家族で歌を歌う場面ですが、声が出ないマリア役の上の孫は泣いていました


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 幕が下り全員で記念撮影をしているところです、マリア役の上の孫にもやっと笑顔が見られるようになりました


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 先生を囲んで記念撮影です、やっといつもの孫の表情に戻りました


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 舞台を降りてYさんや友達から貰った花束やお菓子などを抱えて嬉しそうな二人の孫です



この衣装ともお別れです

 モグジー達が次女宅に帰ってしばらくすると3人が帰ってきました。上の孫も元気になっていましたので一安心です。今日でお世話になった衣装ともお別れです。最後に衣装を着て記念写真を撮ることにしました。衣装に着替えて貰い写真を撮りましたが、同じ衣装を身に付けても舞台で撮った写真とは全く表情が違います。舞台は生き物と言われますが、矢張り衣装を付けただけでは命が生まれて来ないのでしょうか。一通り写真撮影を終えると、今回の頑張りに対するYさんからのご褒美と言うことで全員で食事に出かけました。いつもであれば外食と言うと孫たちも大興奮となるのですが、大きな舞台をやり終えて疲れ切っているのか食欲も余り無く、静かな食事会となりました。

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 舞台衣装を着てYさんから戴いた花束を持って記念写真を撮りました


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 マリアが家庭教師をしている時に着ていた衣装です、とても清楚な感じがして良かったと思います


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 3人が同時に舞台に立って演じている一場面です。3人ともこの場面が好きなのか何度も見た記憶が有ります


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 トラップ大佐役の衣装を妻が着て写真を撮りました結構似合っています、看護師より宝塚歌劇の方が良かったかも…
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posted by モグじー at 22:28| 徳島 ☁| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月03日

ミュージカルを観に行こう

親子で出演!

 つくばみらい市に住んでいた次女家族は2011年の東日本大震災の原発事故に伴う放射線被ばくから幼い子供たちを守るため数日後に鳴門に避難のため帰ってきました。慣れぬ土地での生活で淋しがっていた家族を救っていただいたのは地域の音楽活動グループでした。合唱やミュージカルの活動にすっかり溶け込んだ孫たちはとても生き生きとし喜んで舞台に立つようになりました。住み慣れた鳴門での生活も4年間で幕を閉じることになりましたが、多くの仲間が出来、歌や踊りが大好きになった孫にとってはつくばに帰ることはとても悲しいことでした。
 何とか、つくばみらいに帰っても好きな歌や踊りが続けられるよう母親が頑張ってミュージカル教室を見つけ週に2回練習に通うようになり再び孫たちは元気になってきました。その教室では2年に1回公民館でミュージカルを公演していますが2017年2月の公演で「サウンドオブミュージック」をすることになり、上の孫が主演のマリア役に下の孫が末娘のグレーテル役に決まり、そして驚いたことに次女が特別出演でトラップ大佐役に抜擢されました
 昨年の暮にログに帰って来たときも時間が有れば3人で練習をしていましたが、その熱心さ振りにモグジー夫婦も心を動かされ本番にはつくばみらいに駆けつけることを決めました。子と孫が同じ目的に向かって頑張っている姿を見せて貰えるのは祖父母にとっては何にも代えがたい喜びです。

   

「私も行きます」

 私達家族はモグジーが36才の時兵庫県尼崎市から香川県高松市沖の大島に移りモグジー夫婦はハンセン病療養所で働くようになりました。1才から7才の4人の子供は島の小学校や保育所に通い始めましたが、両親が共働きで淋しがっていた子供たちの遊び相手となって下さったのが療養所に入所中の入所者の皆さんでした。その中でもYさん夫妻には本当に優しくして戴きましたので、子供たちにとっては家族の様な存在となりました。特に二人の娘にとってはYさんは特別な存在となり、結婚式に出席していただいたり、子供が出来るとYさんに会いに行っていました。つくばみらいに住んでいる次女も鳴門に帰ってくると必ず社会復帰をされ大阪に住んでいるYさんを訪問していました
 昨年の暮にYさん宅を訪問した時、練習中のサウンドオブミュージックの一部を披露したところとても喜んで下さったので、次女たちが「おばちゃん、観に来て!」と熱心に誘いましたがYさんにとってはつくばみらいまで行くのは大変そうでした。つくばにはモグジーは車で行くので車に一緒に乗って貰ったら良いのではないかと思いYさんに車で一緒に行きませんかとモグジーが声をかけると、一緒に行けることで安心されたのか「それだったら行けそう!」との返事が貰え娘たちは勿論モグジーも大喜びとなりました。
 2月の車での上京、心配は雪だけです。勿論、車が使えない場合は新幹線で行くことにしていますが、車であれば色々と寄ることが出来ますので何とか雪が降らないでと、週間天気予報を毎日のように見ていました。それだけに2月の上旬は雪の心配が不要と分かったときはどれほど嬉しかったことか。

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昨年の暮、Yさんにミュージカルの一場面を見て頂きました



「ログより断然素晴らしいね!」

 ミュージカルの公演は2月5日です。モグジーの長男は武蔵村山市に次男は横浜市に住んでいます。モグジーが上京した折は必ずつくばみらい市の次女宅を含め必ず3軒の家に寄っていますが、今回も長男宅と次男宅を素通りする訳にはいきません。そこで、長男・次男宅訪問にもYさんに付き合って戴くことにし、往復のどちらかで雪が無ければ中央道を通って八ヶ岳の兄宅にも寄る計画を立てYさんに相談したところ快く了解して貰えました。
 そこで各家族に持って行くおみゃげ作りに取り掛かりました。勿論、お土産は燻製とパンです。燻製は日持ちがしますので10日前に作りパンは出発日の前日に焼きあげました。他に冷凍してあったイワシの丸干しや塩漬けワカメやジャムなどを積み込んで2月3日朝5時にログを出発し先ずは大阪市西成区のYさん宅を目指しました。渋滞もなく予定通り午前7時にYさん宅に到着し車に乗って貰いました
 最初の予定では西名阪道と新東名を通り厚木で圏央道に乗って八王子まで行き武蔵村山の長男宅に向かうことにしていましたが、西名阪国道の松原I.C.にカーナビが案内してくれないため西名阪国道を諦め名神高速に向かいました。空は綺麗に晴れていて、雪で真っ白の伊吹山もとてもきれいでした。雪が良く降る関ヶ原も雪の心配が全くないほど暖かく暖房も不要なぐらいです。今日だったら中央道も山がきれいに見えるかも知れない、八王子に行くのであれば中央道を通る方が便利なので急遽予定を変え中央道を通ることにしました。
 中央道に入ってしばらくすると妻が八ヶ岳に今日行ったらと言い出しました。確かにグッドアイデアです。この天気であれば間違いなく兄の家から周囲の山々がきれいに見えます。兄に予定変更のメールを入れ了解を得て一路北杜市大泉の兄宅を目指して走りました。途中、雪をかぶった南アルプスや八ヶ岳が思う存分見れYさんに喜んで貰えました。中央道を小淵沢I.C.で降り途中木立の中に在る小さなレストランDILLに寄って昼食を済ませ午後2時過ぎに兄宅に到着しました
 お土産を渡した後、デッキに出てYさんに富士山や南アルプスや八ヶ岳を眺めて貰いましたが、Yさんにとっては最高のプレゼントになったようです。「Kさんのログも良いけどここの方が断然素晴らしいね!」と言われました。海が大好きでログのサンルームが最高と思っているモグジーは断然素晴らしいという言葉にびっくりしているとYさんが「私は7才の時に島に入れられ暗い海を見てとても嫌な思いをして…、私は山を眺めるのが大好きなの、富士山や南アルプスが一望できるなんて、素晴らしいと思う、1日中でも見ていたいぐらいと言われました。Yさんにとって海がどんな存在であったのかモグジーの頭からスッポリ抜け落ちていたのです。
 青松園で働いていた時、ある見学者の方から聞いたことが有ります。「青松園を訪問し帰りに船に乗るため桟橋を歩いていて私が入園者の方に素晴らしい海の眺めですねと言った時、入園者の方から島に閉じ込められ外に出ることが出来なかった私たちにとってはこの海をどんな思いで見たことかと言われそのような心情を想像できなかった自分自身が恥ずかしくなりました」と言う言葉を。モグジーも情けないことにYさんの海に対する思いを思い計ることが出来ていませんでした。
 毎年、秋になると稲刈りのため兄宅を訪問しますが稲を刈りながらふと見上げると頂が少し白くなった南アルプスが目に飛び込んできて疲れも吹っ飛びます。こんな素晴らしい自然の中で稲刈りが出来ることに幸せを感じます。山を見るのが大好きなYさんは、いつの日か綺麗な星空を思う存分眺めたいという夢が有るそうです。山の美しさは朝焼けや夕焼けだけでなく季節により時間により刻々と変化していきます、そして満天の星空今年の秋には是非八ヶ岳の稲刈りに同行してこのログからの山の景色を存分に楽しんで戴きたいと思いました

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 諏訪湖P.A.で小休止しました。付近には雪も全くなく、冬とは思えない暖かさでした

   

「すず」も大歓迎

 2時間余りの兄宅滞在を終え武蔵村山の長男宅に向かい予定通り6時半に無事に到着しました。長男のお嫁さんが愛媛県八幡浜の出身ですので四国方面には毎年夏休みに10日間前後帰ってきます。大島青松園にも家族ぐるみで何度か訪問していますので顔なじみですが、それでも、中2となり背がグッと伸び声変りがした上の孫の成長ぶりにはYさんもビックリされていました。大の犬好き家族ですのでラブラドールの「すず」を家の中で飼っています。「すず」はとても甘えん坊な女の子ですので、誰にでもすり寄っていきます。Yさんにも遠慮なくすり寄っていき頭や身体を撫でて貰ってすっかりお気に入りでした。Yさんにとっては大型犬なのに甘えん坊で人懐っこい「すず」がとても印象的だったようです。
 夕食はいつもの様に外食で済ますことにし、今回は沖縄料理のお店に連れて行って貰いました。モグジーにとっては本格的な沖縄料理店は初めてですので、ちょっぴり期待していたのですが、若い女性が料理を作っているためか、味付けはかなり控えめで驚くようなものは出てきませんでした。飲んでカラオケを楽しむのが主体のお店なのか、夕食時の午後7時に予約してお店に行きましたが、お客さんは我々の家族のみで活気もなく少し淋しい感じでした。夕食を終えて家に帰ると5時起きで走り続けた疲れが出たのか眠くなり早めに布団に入りました。ログを出て長男の家まで650`余り走りましたが、天気にも恵まれ非常に楽しい1日となりました。
posted by モグじー at 13:32| 徳島 ☁| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月18日

予定変更の八幡浜行き

今年は22日までに来てください

 一昨日、長男がログに帰ってきましたが、長男が「八幡浜の方では今年はミカンの皮が黒っぽくなって見かけが非常に悪いのでどうしますかと八幡浜の妻の両親が言っており、味は例年と一緒なのだが、収穫量も少ないため、ミカンが欲しいのなら22日までに来てほしい」と言われたと伝えてくれました。モグジーは毎年八幡浜で戴いた大量のミカンを親戚や知人にたべてもらっていますが、見かけは全く問題ないので早めに貰いに行くことにしました。後で妻と相談し、19日に早速八幡浜まで走ることにし、準備を始めました。昨日もパン焼きでもゲスト用だけでなく八幡浜に持って行くためのパンも焼いておきました。例年、八幡浜には魚も持って行っていますが魚で準備ができているのはアオリイカだけです。出来れば鯛かハマチも持って行きたいのですが釣りに行けるのは今日しかありません。そこで、予定変更して今日鯛釣りに行くことにしました。幸いにも今日は風も弱く晴れており絶好の釣り日和です。Yさんを送り出した後、早速、鯛釣りに出かけました。



やっと1匹をゲット!”

 10時前に桟橋を離れ鳴門海峡に向かいましたが、堀越を越えるとゼンサの方に100隻近くの釣り船の姿が有りました。日曜日ですのでドッと釣り船が繰り出した様です。近くの島田島沖付近には1隻の釣り船も居ません。モグジーも迷うことなくゼンサに向かいました。沖に出て驚いたのはそれほど風が強くないのにうねりが凄いのです。この状態で鯛釣りが出来るのだろうか、不安になりました。でも、今日は何としてでも鯛を釣らなくてはなりません。頑張ってゼンサのポイントまで行き早速仕掛けを投入しましたが、船尾に迫る大きなうねりが気になって釣りどころではありません。それでも頑張って鯛釣りを続けましたが一度の当たりも有りません。2時間余りゼンサで頑張りましたが、釣れそうにも有りませんので波が穏やかな島田島沖のポイントに戻って鯛釣りを続けることにしました。
 島田島のポイントに戻ると数隻の船が鯛釣りをしており、その中に名人のSさんの船を見つけました。早速近くに行って釣果を聞いたところ鯛を2枚釣ったとのことです。「ゼンサは船が余りに多いのでゼンサは止めて島田島沖のポイントで鯛釣りをしていたが、さきほどまでは、当たりも有って良かったけど、少し前から当たりが無くなった」とのことです。明日はもっと風も吹かなくなるので明日はつれるだろうとのSさんの話に対しモグジーは明日は八幡浜にミカンを貰いに行くので釣りは出来ないと答えると、Sさんから鯛を持って行きますかと聞かれたので、釣れたら持って行きたいと答えると、釣れているのを持って行ったらいいよと言って下さいました。この一言で随分気持ちが楽になりました。しばらくして、モグジーもやっと鯛を釣り上げることが出来ました。待ちに待った当たりですので、逃がすまいと必死でリールを巻きました。時計を見ると午後2時を過ぎています。明日の準備も有りますので、取り敢えず1匹確保できたところで納竿としログに戻りました。鯛の長さを計ったところ39aありました、マアマアのサイズです。夕方にはSさんが大きな鯛を2匹とサバを3匹届けに来て下さいました。これで明日は八幡浜だけでなく途中に訪問するTさんにも鯛を届けることができます。先ずはSさんに感謝です。

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 一番上がモグジーが釣った鯛で39aありました。下の2匹がSさんから戴いたもので39aと41aありました。
posted by モグじー at 00:45| 徳島 ☁| Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

60才からの挑戦

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