2018年01月10日

天気に恵まれ初テニスを

テニスに行けるかな?

 昨日9時半に無事山口から帰ってきました。ログに入ると先ずは荷物の片付けをし、一段落したら、別れる時に戴いた精進あけのお弁当を遅い夕食としてとりました。食事を終えるとすぐに床に入っても良かったのですが、何故か興奮していてどうしても寝る前にこの2日間のブログを書いておきたいと思いブログを書き始めました。しかし、いざ書き始めると、この2日間のブログは有ったことの記録と言うより、モグジーの思いを書くことが中心でしたので、書くのに大変な時間が掛かってしまいました。結局、2日間のブログを書き終えたのは午前の2時半でした

 今日は今年初めてのテニスが有りますので、何とかして出席したいと思っていましたが、起きる自信は無く取り敢えず、目が醒めたらテニスに行こうと思って昨晩は布団に入りました。ぐっすりと眠れましたので8時過ぎには目が醒め、布団の中で少し休んだ後起きて朝食をとり、いつもの様に8時45分に家を出発しました。今日の天気予報はみぞれの予報で風も強く、寒さで震え上がるのではないかと心配していましたが、外に出てみると空は晴れ、風もほとんどなく暖かくて絶好のテニス日和です。仲間との新年の挨拶は、おめでとうございますではなく、良い天気で気持ち良いですねで始まりました。それにしても、私たちの閑人クラブは天気に恵まれています、雨の予報が出ていても、殆どの場合、雨が遠慮してくれてテニスが出来ています。

 久しぶりに身体を動かすのが気持ち良くて、練習を始めるまでは、長旅で疲れているので今日はセーブして動こうと思っていたのに、いざ、ボールを打ち始めると無意識のうちに身体を思いきり動かせていました。今年の目標「年を考えて無理をしない」は新年早々から忘れてしまったように身体を動かすモグジーです。天気に恵まれ気持ちの良い2時間を過ごさせて貰ってテニスを止める頃には雨雲が広がり小雨が降りはじめました。本当にラッキーな閑人クラブです。



ログに帰るとIさん宅へ

 ログが有る水路の両岸はバブル期に別荘地として分譲され、何軒かの別荘が建てられています。ログの真向かいに西宮在住のIさんの別荘が有ります。年に何回ご夫婦で別荘に来られていますが、ひょんなことで懇意となりました。真向かいにありますので、別荘に来られると雨戸が開けられ、夜は電気が灯りますので、モグジー夫婦では、先に気付いた方が「あ、Iさんが来られた」声を掛け合っています。今回は、孫たちの帰省でバタバタして挨拶も出来ていませんでしたが、パンを焼いた後、ほんの少しだけパンを届けさせていただきました。昨晩ログに帰るとデッキのテーブルの上にIさんご夫妻からのプレゼントが置いてありましたので、お礼を言いにテニスが終わった後Iさん宅を訪問させて戴きました

 今日、西宮に帰られるとのことでしたが、「どうぞお上り下さい」とのお言葉に甘えてしばしの歓談を楽しまさせて戴きました。Iさんは高齢で大病を患われましたが、気持ちは折れることなく積極的に生きておられます。近年、俳句や三味線も始められていて、今日も色々と紹介して戴きました。体調を崩すとすぐに気持ちまで折れてしまうモグジーは、いつも力を戴き感謝です。

posted by モグじー at 22:55| 徳島 ☔| Comment(6) | ログ暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

多くの家族に見守られて

姉を連れて

 昨晩は22時にホテルの布団に潜り込みましたが、朝までぐっすり寝て、体力も回復できましたので、朝ぶろに入って心身をスッキリさせ、朝食を食べて腹ごしらえをした後、姉を迎えにグループホームへ向かいました。姪の話によると姉には義兄が亡くなったことは伝えていないとのことです。午後1時半からの葬儀への出席は無理ですので午前中に葬祭場で最後のお別れをさせてやりたいとのことで、送迎を頼まれていました。グループホームに行くといつもの様に目が合うとにっこり微笑んでくれ、体調も良さそうです。モグジーの車に乗せて葬祭場まで連れて行きました。

 義兄も姉も家族をとても大事にし、子供も孫もとても可愛がっていましたので、家の壁は娘や孫たちの写真であふれています。孫達は皆、おじいちゃん・おばあちゃんが大好きです。葬祭場に着くと沢山の孫達が姉を笑顔で出迎えてくれました。二人の娘に手を取られ、お棺の中の義兄と対面しました。55年間一緒に暮らしてきた夫婦の最期の別れです、でも、悲しいことに、姉には夫との別れが理解できていないのでしょうか、姉は娘の手を取って貰って夫の頬に手を添えていましたが、言葉は有りませんでした。姉と義兄の存在が二人の娘を六人の孫をそして一人のひ孫を育んできました、娘も孫もひ孫も皆立派に育っています。告別式の最後に遺族代表として喪主のYちゃん(Mちゃんの姉)が挨拶をしました。挨拶の言葉を聞いていて、義兄のそして姉の思いが確実に子供達や孫たちの中に生きていることを強く感じ、「お兄さん、お姉さん、こんなに立派な子や孫が育っていますよ、良かったね」と声を掛けました。でも、晩年の夫婦だけの暮らしを見た時、余りに悲しすぎます。子に孫にひ孫に恵まれているのに、欲張りすぎかも知れませんが、もっと、二人にとってご褒美が有って良かったのではないかと、つい、思ってしまうのです。そういう、モグジー自身に、更には、モグジー夫婦にどのような晩年が用意されているのか、本人は勿論のこと、誰にも分らないのが現実なのかも知れませんが…



雪が心配で

 今日は山口市内でも朝から雪が降っていました、天気予報では、あちこちで、雪の予報が出ています。今回は車での往復ですので、寒波が来る帰りはずっと雪のことが気になっていました。夜には山間部は確実に雪になりそうですので、できれば、夜になる前に山間部を抜けたいと思っていました。、告別式が終わり、斎場までは一緒に行きましたが、お骨あげ迄待っていると、雪の中を走る可能性が大きくなりますので、申し訳ないと思いましたが途中でお別れをさせていただきました。斎場を午後4時に出発し、所々で小雪に見舞われましたが、本格的な雪は降りませんでしたので、無事に9時半にログに帰ることが出来ました。次女や孫達が帰って来た12月23日から今日までが、あっという間に終わってしまいました。いつもなら孫達が帰った後は、しばし、淋しさを感じるのですが、今回だけは、義兄のことが有りましたので、淋しさを感じることなく二人だけの生活に戻ってしまいました。また、春休みが来るのを待つことにします。春が来たら孫を連れて姉に会いに行けます、それがモグジーにとっては大きな喜びです。、
posted by モグじー at 01:45| 徳島 ☁| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月08日

急遽山口へ

「今、父が亡くなったの」

 昨日、バゲットを焼き初めて間もなく、突然、山口に住んでいる姪から電話が入りました。妻がMちゃんから電話よと電話機を渡してくれたので耳に当てると「今、父が亡くなったの」との姪の言葉が飛び込んできました。昨年11月18日にMちゃんの祖母(姉の義母)が103歳で亡くなったとき、モグジーは葬儀に駆けつけましたが、Mちゃんの父親(モグジーの姉の夫)は、持病の心臓が思わしくなく入院中で葬儀にも出席できませんでした。モグジーは葬儀が終わってから病院に寄り一声だけ掛けて来たのですが、声は弱々しくとても心配な状態でした。その後、姪から何度か電話を貰いましたが、年を越すのも難しいかもとのことで、ずっと気になっていました。でも、お正月を越えても連絡が有りませんでしたので、何とかこのまま頑張って命を繋いでほしいと願っていました。しかし、難しかったようです。
 朝亡くなったのであれば、今晩が通夜で明日が葬儀になるので今からすぐ駆けつけねばと思いつつ、帰省中の孫たちもまだログに居て今日もパン焼きを手伝ってくれており、翌日の午後3時の飛行機でつくばに帰るので飛行場まで送っていくことになっているし、パンを最後まで焼くと夕方まで掛かるし、どうしようかと悩んでいると、妻が「明日は友引なので葬儀は9日になるかもしれないよ」と言ってくれました。葬儀が1日延びればなんとかなりそうです。葬儀の連絡が入るまで頑張ってパン焼きを続けました。



何とか無事に到着

 しばらくしてMちゃんから連絡が入り8日が通夜で9日に葬儀とのことです。それであれば万事うまくいきそうです。夕方までに予定していたパンを全て焼き上げ、孫達には名人のSさんと友人のYさんから戴いた鯛やツバスやアジで山盛りの刺身を作って夕食に出してやりました、刺身が大好きな次女や孫も大喜びでした。
 今朝は、昨日焼いたパンを東京の子供達や知人に送るため荷造りをしクロネコに持ち込んだり、山口に行く荷物を作ったりして大変でしたが、何とか次女と二人の孫を載せて空港まで送って行き、荷物を降ろすと見送りをする時間も惜しんで、其のまま、妻と二人で山口に向けて車を走らせました。
 徳島の阿波踊り空港を午後3時に出発し、400`余り走って、午後7時半に何とか山口市内の葬祭場に到着できました。今日はずっと雨が降っていて、しかも暗いので前が見えにくく辛い運転となりましたが何とか事故もなく到着でき感謝です。
 通夜はすでに終わっていましたが、会場にはMちゃんを初め大勢の家族の方々が残っておられ、皆さんとの挨拶を済ませた後、Mちゃんから最期の様子を聞かせて貰いました。



最期の最期まで姉のことを!

 義兄(姉の夫)は1月3日に急に血圧が下がって危篤状態となり、とても危なかったそうです。姪が病院に駆け付けた時、何とか意識を取り戻した義兄は「ヒロノブ(義兄の名前)が死んだ、ヒロノブが死んだ」と言うので姪が「お父さん、生きているのよ、ヒロノブは生きているのよ」と何度も繰り返したところ、「ヒロノブは生きとるのか」と言い、そして「わしは川で船に乗りよった、船の中を見るとヨシコ(姉の名前)が乗っとらん、慌てて船を降りたんや」と言うことを話していたそうです。姉のことをいつも心配して、自分の体調が良くないのに姉の面会に通い続けた義兄にとっては、姉を残して先に逝くことは出来なかったのだと思います。三途の川を渡らずに必死で引き返してきた義兄ですが、その三日後に遂に旅だってしまいました。どんなに無念だったことか。義兄の最期の話を聞いてモグジーの涙は止まりませんでした。

 モグジーは姉にとても可愛がってもらいました、それだけに、姉が義兄と結婚する時、姉を義兄に盗られた気持ちが強く有りました。義兄は男ばかり4人兄弟の長男でしたので、弟が沢山いたのに、モグジーのことも実の弟の様にとても可愛がってくれました。義兄との思いでも沢山あります。義兄は魚釣りが大好きです、何時か義兄と鳴門の海で魚釣りをしたいと思っていましたが、ログが完成した頃はまだ義兄も姉も元気でしたので何度かログに来て貰って魚釣りもして貰いました。本当はもっともっとログの生活を楽しんで貰いたかったのですが、姉が病気になり、そして、義兄も入退院を繰り返していた為、ここ数年はログに来て貰えなくなりました。今がログ暮らしも最も充実しているだけに二人揃って来て貰えないのがとても残念でした。そのことが今も大きな心残りとなっています。
 しばらく、MちゃんやMちゃんの姉であるYちゃんとアルバムを見ながら義兄と姉の思い出話をした後、妻とホテルに向かいました。パン焼きで2日間睡眠不足状態であった上に長距離の運転で体は疲れ切っていましたので、湯田温泉なのに温泉にも浸からず布団に潜り込みました。

posted by モグじー at 00:22| 徳島 ☁| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月07日

手捏ねの成果か

又もや醗酵が進み過ぎに

 昨日、夕方に捏ね上げた食パン生地の醗酵の進み具合を確認するため、寝る前の9時頃地下室の冷蔵庫の中をチェックしたところ、バゲットの生地は醗酵がいつもどおりでしたが、食パン生地の方は3倍程度に膨らんでおり、このままでは、容器から溢れ出てしまいそうですので、容器から生地を取り出し、生地の中の空気を抜きました。すると生地の量は半分以下に縮みましたので、翌朝までは容器から溢れることはないと判断し9時半に布団に入りました、翌朝は3時半に起きて石窯に火を入れる予定ですので、3時半に目ざまし時計をセットして寝たのですが、途中何度も目が醒めて熟睡は出来ませんでした。目が覚めるたびに時計の針を確認しましたが、午前1時頃から10分刻みぐらいで目を覚ましていました。結局2時には完全に目が醒めましたが、2時に起きるのは余りに早すぎますので、時間が経つのを待ちましたが、結局2時半に布団から出て、先ずは地下室の冷蔵庫の中をチェックしました。食パンの方は昨晩寝る前にチェックした時の状態と殆ど変化が有りませんでしたので、取り敢えず一安心です。冷蔵庫に入れる前の生地温度をバゲットは23度にし食パンは22度にしましたが食パンの方はもう少し低くした方が良いかもしれません。
 午前3時から石窯の薪を焚き始めました。今日は薪を3時間焚いて6時から石窯を冷やし、7時半からバゲットを焼き始める予定ですので、バゲットの生地は4時頃から全て冷蔵庫から出しておきました(室温は14度)。6時から生地の分割をはじめ、実際には8時からバゲットを焼き始めました。バイメタル温度は290度でした。窯に入れて20分ぐらいでしっかりと色が付きましたので窯から出しました。クープの開き方に差が有り、特に窯口に近い方のバゲットはクープの開きが悪かったようです。バゲットは平均して30分で焼き上げることが出来ていましたが、生地作りが遅れて実際には1時間おきの窯入れとなりました。
 バゲットの成形を新しい方式でやると時間が余分に掛かるため、3窯目と4窯目は従来の方法で成形をしましたがクープに変化は有りませんでした。途中で、1窯目のバゲットを試食したところ、クラムが良くなっていることがはっきりと分かりました、そして、口に入れた所、今までより美味しくなっていました。これは、手捏ねの成果か丸めの成果か、はっきりとは分かりませんが、記念すべき成果です

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 窯の中の温度が1窯目と4窯目ではかなり異なるため、焼け色もかなり違います。



食パンは順調に

 食パン生地の方は、冷蔵庫の中で最初は醗酵が進み過ぎの状態でしたが、これは、冷蔵庫の中に入れた時の生地の温度が高すぎた結果と思います。また、基本的に醗酵させるのに時間が掛かるため、どうしても、時間調整が難しく予定時間に比べ、どうしても遅れがちとなりました。食パンの方は、好評だった粉茶&餡とチョコチップ入りココアとショコラを焼きましたが、まだまだ、修行が必要と思います。二人の孫に手伝って貰いましたが、パン焼きが終わったのは午後4時半で予定より2時間半の遅れとなりました。

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 最初に3窯(食パン9本分)のプレーンの食パンを焼きました、窯の温度が高かったのでしっかりと焼けています


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 次にチョコチップの入ったココア味の食パン3本と粉茶&餡の入った食パンを3本焼きました


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 最後にチョコレート生地が入ったショコラを3本焼きました。


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 今日焼いた10窯のパンです、今回も食パンを多めに焼きました



かなり良い線を

 夕食時に今日焼いたパンの試食をしてみました。各食パンは前回と殆ど変りは有りませんでしたが、バゲットはかなり良い線ま来ていました。今回のパン焼きでは、バゲットのクラムを改善することに力を注ぎました。そのため、手捏ねをし、丸め方、成形の仕方を変えました。どれが良かったのかは、まだ分かりませんが、焼き上がったバゲットのクラムが、今までにない出来でした。艶のあるクラムが出来ていました。ずっとこのクラムのバゲットを焼きたいと思っていましたので、このクラムを見た時は感動しました。やっと焼けたと。ただし、何を改善した結果こうなったのかは、まだ確かめられません。クープがきれいに開くのはかなりの確率で再現できますが、透明感のあるクラムを今後も作り続けることが出来るのかは、?です。

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 これが今までのバゲットのクラムです。目がしっかりつまっています


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 これが今日焼いたバゲットのクラムです、上の写真と比較すると違いが分かって貰えると思います。クラム(パンの中身)は透明感が有りよくふくらんでいます。クラスト(パンの皮)は厚みがあります


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 今日焼いたバゲットです、クープも綺麗に開き、こんがりと焼けて美味しそうです

posted by モグじー at 23:18| 徳島 ☁| Comment(0) | パン・ピザ焼き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

バゲットは手捏ねで

1日がかりの生地作り

 明日はパンを焼きますので、今日は朝9時から夕方の6時まで、1日がかりで孫と生地作りをしました。今回はバゲットを4窯と食パンを6窯焼きます。バゲットは最初の頃は手で捏ねていましたが、1窯で焼く生地の量が増えてからは餅つき機を使って生地を捏ねるようになりました。しかし、昨日、ネットの動画を見てバゲットの勉強をしたところ、動画では手捏ねでしたので、モグジーも久し振りにバゲット生地を手捏ねで作りました。久しぶりの手捏ねはとても懐かしくて楽しい感触を持つことが出来ました。明日の、生地の丸めや成形も動画のレシピ通りにやる積りですが、どんなバゲットが焼けるやら、自分でも想像がつきません

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 手で捏ねてみましたが動画の生地の感じとかなり違って固い感じがしました。動画は夏の撮影で、今は冬ですので季節の違いも有るのではないかと思います。


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 機械で捏ねる時は一々生地の伸び具合をチェックすることはせず、時間を測って捏ね作業を終えていますが、今回はレシピ通り生地の伸び具合をチェックして捏ね作業の終わりを判断しました。動画の生地の伸び具合よりかなり伸びが悪い感じがします


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 食パンの生地はこれまで通り餅つき機で捏ねましたが、十分に捏ねるため餅つき機から取り出した生地を捏ね台に叩きつけました。それを見ていた孫がどうしても叩きつけるのをしたいと言うので、させたところ両手で生地を振り降ろしていました。


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 捏ね終った10窯分の生地は冷蔵庫に入れました小さいケースがバゲット用の生地で大きなケースが食パン用です。今回、食パンは大好評だった粉茶&餡入りとチョコチップ入りココア味とショコラとプレーン3窯を作りますが、粉茶とココアの生地が目立ちます
posted by モグじー at 21:07| 徳島 ☀| Comment(0) | パン・ピザ焼き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月05日

美味しいバゲットを焼きたい

奥の深いバゲット

 モグジーの妻はパンが大好きですが、モグジーの方はパンよりは麺類を好んでいました。それだけに、将来自分がパンを焼くなどとは思ってもいませんでした。ただ、大学生の時、大阪の梅田でイタリア人が経営するイタリアンでアルバイトをしてピザに目覚め、結婚してからもオーブンでピザを焼くのが趣味でした。それだけに、ログハウスを建てた時は庭にピザ窯を作りたいと思っていました。ログハウスが完成し、ログハウスに住み始めて数年後、やっとピザ窯つくりに取り掛かりました。ピザ窯の作り方を調べているうちに、ピザ窯でパンを焼くことが出来ることを知り、ピザ窯を作るのであれば妻が大好きであるパンも焼けるような窯を作ることにしました。色々と頭をひねって2010年に念願の石窯を完成させ、ピザを焼き始めました。石窯で焼いたピザはオーブンで焼いたピザとは段違いの美味しさですっかり石窯のフアンになりました。

 ある時、石窯でパンを焼いてみようと思い、本を見ながらパンを焼きました。今から考えるとパンとは言えないような代物が焼けましたが、食べてみると意外と美味しく、その後、パン焼きに対する興味が徐々に膨らんで来ました。パン焼きの面白いところは意外性です。窯の戸を開けた時、思いがけず綺麗に膨らんだパンが焼けていると思わず口笛が鳴ります。逆に思い描いたパンとは程遠いものが焼けているとがっくりです。そして、パン焼きを続けているうちに、ハード系のパンの虜となってしまいました。最初はカンパーニュに夢中になりましたが、そのうちに、バゲット焼きにはまり込んでしまいました。バゲット独特の美しさ、そして美味しさに惚れたのでしょうか。しかし、お店で見るようなバゲットを焼くのは大変でした。形も味もまるでバゲットとは言えないようなものしか焼けず、どうしたらきれいなバゲットが焼けるのか、ネットや本で勉強しましたが、クープがきれいに開いたバゲットはなかなか焼けませんでした



ついにクープが開いた

 お店で売っているようなクープがきれいに開いたパンを焼くことができたのは丁度2年前です。石窯で直焼きを初めてからやっと焼けたのです。その時は、本当に感動しました。もう、これで安定して綺麗なバゲットが焼けると思いました。しかし、その後もバゲット焼きの苦労は続きました。気候によって全く違ったパンが焼けてしまうのです。パンは生きもので微妙な周囲の環境に影響され、安定して綺麗なパンを焼くのは至難の業でした。更に、難しいのがクラム(パンの中身)の完成度です。美味しいバゲットを機会あるごとに買って食べていますが、クラムが全く違うのです。クープが安定してきれいに開き、しかも、香ばしい香りと艶のある、適度の気泡が入ったクラムを焼けるようになったとき、初めて、バゲットが焼けるようになったと言えるのではないかと思います。そのためには、どうすれば良いのか。石窯の性能は断熱レンガを外側にはったところで、かなり良くなりました。次は、改めて生地に作り方、成形の仕方、焼成に付いて細かくチェックをしていかなければなりません。



久し振りに勉強を

 今日は朝から冷え込んで小雨が降りつづけていますので、外作業は勿論できません。また、ログ滞在中の娘や孫達が朝からショッピングで出かけますので、久しぶりに自分の時間が持てます。明後日には子供や孫に送るパンを焼きますので、今日はバゲットに付いての勉強をすることにしました。教材は先日から眼に付けていた動画ですが、ゆっくりと見る暇が有りませんでしたので、具体的に作業に活用することが出来ていませんでした。その動画を今日は何度も何度も繰り返して見て、理解出来たところをメモにする作業をしました。実際に作業をするときは動画は見れませんので、メモにして作業台の前の壁に貼り、そのメモを見ながら作業をしようと思います。今回は特に、生地を丸める作業と、生地を成形する作業を頑張ってみようと思います。今回は、特にバゲットにこだわりたいと思いますので、バゲットを4窯と食パンを6窯焼くことにしました。
posted by モグじー at 22:31| 徳島 ☀| Comment(0) | パン・ピザ焼き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

家族サービス

好天気に恵まれ

 ログではゲストを迎えた時、必ずと言ってよいほどバーベキューをやりますが、家族だけでバーベキューをする機会はあまりありませんでした。でも、孫達が大きくなってバーベキューの楽しさが分かって来ると「いつ、ジーちゃんバーベキューするの?」と聞いてくるようになりました。そこで、子供や孫と一緒にバーベキューを楽しむ機会が増えました。今回の冬休みの帰省でも一度はバーベキューをと思っていましたが、色々と行事等が有ったり、風が強くて、なかなかバーベキューをすることができませんでした。やっと、風もおさまり雨の心配も無さそうな予報が出ましたので、今日の午後バーベキューをしました。勿論徳島の長女や孫にも声を掛けています。ただ、天気予報では雨は降らないものの1日中曇で最高気温も6度となっていましたので、寒くないかと心配していましたが、予報が外れ朝から太陽が出てポカポカ陽気となり絶好のバーベキュー日和となりました。
 12時からログのデッキでバーベキューを始めましたが、焼く物はいつも同じものばかりです。絶対に欠かせないのが鶏の手羽中と豚のスペアリブと焼きおにぎりです。肉類はいつもの様に昨日購入してログのハーブ類やニンニクやブラックペパーで味付けをし一晩寝かしています。いつも肉類から焼き始めますが、美味しそうな匂いが漂い始めると皆が集まり始め、つまみ食いが始まります。この焼き立てをつまみ食いするのが最高に美味しいのではないかと思います。肉類が有る程度焼けると、野菜や焼きおにぎりを焼きますが、同じものを同じ味付けで焼くのですが不思議と飽きることなく、お腹一杯になるまで食べ続けます。こうして2時間余りでバーベキューは終わりますが、今回も子供達や孫たちに喜んで貰えたようです。

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 家族バーベキューに笑顔の子供達や孫達です。1歳半の孫も一人前にバーベキューを楽しんでいます


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 コンロの上ではログ産のハーブ類で味付けした鶏の手羽中肉と豚のスペアリブがこんがりと焼けています、炭火で焼くと本当に美味しく食べられます



バーベキューの後は公園へ

 バーベキューでお腹一杯になりましたので、腹ごなしのため、すぐ近くに在るウチノ海総合公園に出かけました。孫達がログに来ると必ずこの公園に来て遊びますが、この公園は綺麗に整備されていて、遊具もそれなりに揃っていますので大のお気に入りです。特に大きな滑り台が好評で、1歳半のほまれは、今日が2回目ですが、二人の従弟に遊んで貰い大はしゃぎでした。しばらく、滑り台で遊んだ後、芝生広場に移動して凧揚げを楽しみました。今日は適度な風が吹いていましたので、タコも機嫌よく空を舞い、気持ちの良い一時を過ごすことが出来ました

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 大きな滑り台で二人の従弟に遊んで貰って大喜びの「ほまれちゃん」です


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 広い芝生広場で凧揚げをしましたが、適度な風が吹いていましたので、上手く凧揚げをすることが出来ました
posted by モグじー at 00:36| 徳島 ☀| Comment(0) | ログ暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月03日

脱衣室ドアの付け替え

これは不便だね!

 これまでは大量のミカンを保存する場所として地下室を使っていましたが、目に届きにくいため今年から浴室でミカンを保管することにしました。数年前、「ふるさと君」を購入してからは、お風呂は「ふるさと君」の大浴場を利用しています。大きな風呂ですのでとても気持ちが良くてログの風呂は殆ど利用しなくなりました。ログの浴室は北西の角に有りますので、ログの中では一番室温が低く、最近は」冷蔵庫部屋として使っています。先日、チェックの終わったミカンの内でコンテナ6箱分を浴室に移しました。
 今日は、冷蔵庫部屋のミカンをチェックすることになり、チェック係の次女から浴室のミカンコンテナをリビングに出してほしいと頼まれました。二つ返事で浴室のミカンコンテナを出そうとしたところ浴室のドアと脱衣室のドアが干渉してコンテナを運び出すのがとても面倒でした。モグジーは脱衣室のドアについてそれほど不便とは思っていませんでしたが、家族に聞いたところ、結構不便に思いながら使って来たそうです。でも、ドアの付け替えは難しいと思い我慢して来たとのことです。モグジーにとってはドアの付け替えはそれほど大変なことではありません。早速、付け替え工事を始めることにしました
 先ずはドアを外し、新しくドアの蝶番を取り付ける位置に穴を空けたりすれば簡単に出来ると思っていましたが、実際に工事に取り掛かると、ログ壁の木が痩せて壁が下がったりしたためか、少しずつ枠の形が狂っていた為、新しくドアを取り付けるのに結構時間が掛かりました。

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 12年前、内装が終わった時のログです、現在の状態を見ると、生活を始める前のログはとてもきれいだったのですね。洗面所の向かい側にトイレが有り、洗面所の奥が脱衣室で、その左側が浴室です。


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 脱衣室に入るドアの取っ手は右に付いていて、脱衣室側にドアを押して入る構造でした


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 写真を撮る前にドアを外したため、取り敢えずドアを元の位置に立てかけて写真を撮りました。ドアを開けて脱衣室内で作業するときは全く問題ありません。入浴する場合も脱衣室のドアを一旦締めますので、浴室に入るドアを開けるのに不都合は有りません。問題は浴室の中に在る物を取り出す場合です。ミカンコンテナを運び出すのも大変でしたが、赤ちゃんを浴室で沐浴しリビングに連れてくる時大変不便だったそうです。


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 ドアの取っ手を左側に取り付け、ドアの蝶番を右のドア枠に取り付けてドアを脱衣室側に押して開くようにしました


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 このドアの取り付け方だと洗面所から浴室への動線はとてもスムーズになります。ただ、脱衣室で洗濯をする時、棚から洗剤などを取り出すのが少し不便かと思いますが、何とかなるでしょう
posted by モグじー at 22:54| 徳島 ☀| Comment(0) | 工房記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

食卓テーブルの改造も

テーブルの下が使い難い!

 現在使っている食卓テーブルは、ログハウスを作る時に作業台として作ったものを改造したものです。作業台として使っていた為、非常に頑丈に出来ていて、脚をしっかり固定するため太い筋交いが2本取り付けてあります。今の季節は足元の暖房のため、テーブルの下にファンヒーターを置いていますが、筋交いが邪魔になって不便なことが良くあります。それでも、ずっと、この状態で食卓テーブルとして使って来ました。そして、ある日、ふと思いました。食卓テーブルにこんな太い筋交いが必要だろうかと。食卓テーブルに横方向から強い力が掛かることは先ずありません。筋交いを取外しても問題なく使えると思います、そこで、帰省中だった長男に手伝って貰って筋交いを外す作業をしました。モグジーの場合は、木材の接合は殆どの場合木ネジを使っていますので、インパクトドライバーで簡単に筋交いを外すことが出来ました。
 今回の食卓テーブルの改造も、単に筋交いを外すということだけでしたが、簡単に出来ることをなかなか思いつかないのは頭が固いということでしょうか。同じようなことが、まだまだ沢山有るのかも知れません。

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 ログハウスの基礎工事を始めた時、鉄筋を曲げるための作業台を作りました。天板はコンパネを2枚重ね、脚は流木を使いました


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 実際に作業台を使って鉄筋を曲げているところです。基礎工事に使った鉄筋は全てこの作業台の上で曲げました。使っていると脚がグラグラしてきたため、頑丈な筋交いを入れました


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 役目を終えた作業台に床板を張ってテーブルに変身させました。がっしりとしたテーブルが出来ました。


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 ついでに、道具小屋で仮眠ベッドとして使っていたコンパネ1枚分の台は2等分し、床板を張って2脚のベンチにしました。


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 食卓テーブルの下には四隅に太い脚が付いているだけです。ファンヒーターも好きな位置に移動できるようになりました


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 4本の脚に取り付けられていた筋交いです。これでしっかりと脚が固定されていました
posted by モグじー at 22:13| 徳島 ☀| Comment(0) | 工房記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月02日

今日から作業開始

燻製を真空パックに!

 昨日で正月も終わり、ログでは早速作業が始まりました。先ず始めたのが、昨日出来上がった燻製を真空パックにする作業です。ほおっておくとドンドン水分が抜けて固くなってしまいますので、早くした方が良いと思い、今日朝食を終えると二人の孫に手伝って貰って真空パックにする作業を始めました。前回は12月の中旬に帰省した長男に真空パックの作業を手伝って貰い、とても楽しく作業が出来ましたが、今日も孫の手伝いで楽しく出来そうです。長男に手伝って貰った燻製を袋に入れる作業を孫にも説明して早速作業を始めましたが、前回は綺麗に出来たシールが今回はどうしても綺麗にできません。前回初めて袋の中の空気をきれいに抜くため不織布の紙切れを入れた所、今までにないほど袋の中の空気を抜くことが出来、しかも、熱で袋の口をシールするのも綺麗に出来て、真空パックはこの方法で今後は上手くいくと確信しました。
 しかし、いざ、真空パック作業を始めた所、空気は綺麗に抜けるのですが、シールがどうしても綺麗に出来ません、色々とやってみたのですが、中央部分に細い溝の様なものが出来て少しずつ空気が袋の中に戻ってしまいます。前回は綺麗に出来ていたのに、今回はどうしてもうまくいきません。5.6回失敗を繰り返しました。そしてふと操作レバーの中央部を押さえる力が弱いのではないかと思い、上の孫に手伝って貰って熱着するときに中央部分を押さえて貰いました。シールが終わり熱着部分をチェックすると前回と同じように綺麗にシールが出来ていました。前回は無意識的に操作レバーの中央部分も押さえていたのですが、今回はどうもレバーの両端の方に力を掛け過ぎていたようです。それからは熱着の度に孫にレバーの中央部分を抑えて貰ったところ、残りの袋は全てきれいにシールをすることができました。空気を完全に抜くために不繊布を使うこと、そして、熱着の際にレバーを押さえる時、中央部分にも力を掛けることをきちんと実行すれば問題なく真空パックが出来そうです。
 真空パックが終わった袋にマジックで製造年月日を書く作業も孫に担当して貰いました。

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 作業はサンルームのテーブルの上で行いました。3つのバットには左から鶏のムネ肉の燻製、モモ肉の燻製、ベーコンが入っています。手前が熱着する機械です




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 先ずは二人の孫に真空パックの工程を説明しました


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 上の孫にはシールする時の機械操作を手伝って貰い、下の孫には燻製を袋の中に入れて貰いました


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 真空パックが出来た燻製類です、左からベーコン、モモ肉、ムネ肉の順に並べられています


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 熱着で幅5_程度の帯状に袋がシールされます。綺麗に出来るとこの様な模様が出来ます


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 熱着が失敗すると帯状の部分に細い空気の通る溝が出来て少しずつ袋の中に空気が入っていきます
posted by モグじー at 22:00| 徳島 ☀| Comment(0) | ログ暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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